捜査員青柳美香の黒歴史9
寝不足のまま出勤。三人が失踪したことは、校長には告げてあったので、ひと月の長期休暇は許可してくれた。というか許可せざるをえない状況だった。親には事件のことは伏せてくれと言うと、むう、と唸って校長は言った。
「まあ、やむをえませんねえ。表向きには病休ということにするしかなさそうですね。あの学年主任の大村先生にだけは言ってもいいですか」
「いえ、それもできることなら」
「まあ、そうですね。あの人、口が軽いからなあ」
極めてさりげないふうを装って、休暇をとって学校を出る。
「最近休暇、多くないですか」
大村先生の嫌みを聞きつつ、それじゃあと職員室を出た。
「あっ、先生、また休み?」
めざとく生徒に見つけられ、ああ、まあな、と言葉を濁して校門を出た。
家に帰ると、ドアの前に、昨日の婦人警官が立っていた。警察が何の用だ。僕は勝手に行動する。そう言ったはずだ。無視して玄関のドアノブに手をかけると、婦人警官が突然歌い出した。正直ギョッとした。
お月さまいくつ
十三ななつ
まだ年や若いな
あの子を産んで
この子を産んで
だアれに抱かしょ
お万に抱かしょ
お万はどこ往た
油買いに茶買いに
油屋の縁で
氷が張って
油一升こぼした
太郎どんの犬と
次郎どんの犬と
みんな嘗めてしまった
その犬どうした
あっちのほうでもどんどんどん
こっちのほうでもどんどんどん
「お粗末様でした」と頭を下げる。いや、なかなかいい声だった。拍手してもいいくらいだった。
「東京バージョンです」と付け加える。どうやら二通目の手紙のこともお見通しらしい。
「見たんですか」
そう問うてみた。いえいえと顔をふりふりして婦人警官が言う。断っておくが、婦人警官といっても制服は着ていない。二十代前半の娘さんの落ち着いたイデタチだ。白いふかふかのセーターに真っ赤なベレー帽。しかもこの寒いのにミニスカートで生足だ。これ以上、女性のファッションを形容する言葉を残念ながら僕は持たない。
「見ませんよ。ただ、お宅を監視させてはいただきました」
「誰が封書を投函したかわかってるんですね」
「はい」
「なんで、すぐ拘束しないんですか」
「だから、犯罪行為じゃないんですって」
「どこのどいつかは、わかってるんですね」
「はい」
「任意でなんか聞かないんですか」
婦人警官は、両手を広げ首をすくめる。なんの動作だ。
「まあ、投函した女性はなんにも知らないでしょうけど」
「どうして、そんなこと言えるんですか」
「だって。彼女は奥泉からまっすぐ此処に来て、しかもスマホを見い見い、たぶん初めて来たんでしょうね、ごそごそバックから封筒を取り出して、郵便受けに入れました。そのときのホッとした顔といったら、まあ、彼女は完全な伝書鳩ですね」
「あなた、手紙の内容知ってましたね」
「ええ、毎度同じパターンなんで」
「て、ことは、僕以外にも、同じ被害にあってる人がいるってことですか」
「そこは、まあ。ご想像におまかせします」
「いい声ですね」
なんでそんなことを言ったのか分からない。でも、確かにいい声だった。透き通るような、聞いているとうっとりするよな声だった。いかんいかん心が弱ってる。こんなメンタリティでは、僕の存在などたちまちのうちに国家権力にからめ取られるに違いない。
「ありがとうございます」
婦人警官は恥じらいを見せつつ頭を下げる。
「歌はちょっとだけ自信があるんです」
と、余計なことも言う。なんだコイツ。と思いながらも、冷静に見れば、まあ、そこそこ美形では、ある。ええい、と心の中で邪心をふりふりし僕は言った。
「ねえ、言いましたよね。僕は僕の好きなように行動するって」
「はい。聞いてました」
「なら、なんであなたは僕の前にいるんです?」
ふむふむと考える素振りを見せながら、その実、それがポーズであるのが丸わかりの動作をしつつ婦人警官が答える。
「わたしをあなたの助手にしていただけませんか」
なんと。意外な提案だった。
※参考文献は連載の最後に提示します。
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