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【短編小説】体育でドッチボールをやったこと 連作6

「アタシは謝らんなけえの」
月曜の朝、教室に入って、教科書を机に入れていると、由里子が前の席の和馬のところに来て、喧嘩腰でそう言う。先週の金曜のことかと思う。由里子が勘違いで和馬に殴りかかって、和馬にやり返された。まあ、和馬は防御したまでで、由里子が勝手に怪我をしたまでであるが。放課後、親が呼ばれたようで、それの流れの話らしい。
「ええよ。構わん」
と和馬は由里子の顔も見ずに答えた。5秒くらい由里子は、立っていたが、そのあと和馬は何も言わないので、ぷいっとした顔で離れていった。
「お前、親父の顔、盾にして、偉そうにすんなよ」
やり取りを聞いていた賢治が言う。フッと息を吐いて、しかし和馬は何も言わなかった。
 2時間目の体育は、ペアになってのハンドボール投げの時間であった。それまで広之進がすぐに和馬とペアになっていたのだが、広之進は早々と別ペアでボール投げを始めている。和馬は余った女子とペアを組んだ。余り運動神経のいい女子ではなくて、ボールが真っ直ぐに飛ばない。他所に行くたび、和也は拾いに走る。広之進はニヤニヤそれを見ていた。
「和馬。変わろか」
気の毒になって、声をかけた。ペアの節子もワシに言う。
「あー、圭介くん。変わって変わって。なんかさっきから和馬くん、走らせてばっかりで、申し訳ないわ」
節子が和馬でなくワシにボールを投げる。受け取って、
「和馬は、祐樹とやりいや」
と言う。和馬はそれには返事せず、
「節子。俺とやるのは嫌か」
と言う。
「いや、嫌じゃのうて、ちゃんと投げられんけえ、和馬に悪いけえ」
「気にすんな」
 和也がワシに手を差し出す。ボールを返せというゼスチャーである。ワシがボールを投げようとすると、あらぬ方からボールが飛んできた。
「和也、アタシとやろ」
由里子の投げたボールであった。
「ええど」受け取った和馬がちょっと考えて言った。「節子、悪いの。ペア、解消じゃ」
由里子のペアと節子が組んで、ワシは祐樹とのペアに戻った。気になって、ちょくちょく由里子と和馬のペアを見る。
由里子は運動ができる。その由里子が、思い切りボールを和馬に投げた。結構な至近距離である。和馬はそれを何なくキャッチし、緩いボールで由里子に返す。捕ると由里子は、すぐに力いっぱい投げる。これも何なく捕って、山なりで由里子に返す。
「和馬! ちゃんと投げえよ」
「ちゃんと投げちょるが」
「手加減しようが。女じゃと思うて、馬鹿にしよるんか」
「馬鹿にはしちょらん。お前は、怪我しちょるじゃろ」
確かに、由里子は右手にサポーターをしていた。
「痣になっちょるけえ、隠しちょったまでじゃ。もう痛うはないわ」
言って、サポーターを、外す。確かに青タンがついていた。
「いくど!」
由里子が投げる。和馬が捕まえて、また山なりに返す。
「和馬! ええ加減にせえよ」由里子がたける。
「やめえよ」和馬が言う。「お前は、俺に関わらんほうが、ええじゃろう」
「何でじゃ!」
由里子は本気で怒っている。
「親を泣かすなよ」
「何じゃい!」
由里子がボールを投げた。和馬はそれを胸で受けて、ボールが転々と転がった。
「そこまでー!」
先生の声がする。
「キャッチボール終わりじゃあ。集合!」
 和馬がボールを拾う。ワシらも集合した。
「じゃ、後半はドッチボールの試合じゃ。こないだチーム分けしたの。今日はAチーム対Dチーム。Bチーム対Cチームじゃ。それぞれコートに入れい!」
 歓声をあげて、みんながコートに散っていった。

          了






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