【短編小説】田んぼに二人ライダーが参上すること 連作8
「変シィーン! とぉー!」
気が狂ったのか広之進。驚いて、みんなが注目する中、仮面ライダーのテーマソングを歌いながら、広之進は教室を駆け巡る。
「あぶない!」
「走らんで!」
「何じゃい」
「頭、おかしいんか」
クラス中から、非難轟轟の声が上がる。その中を、
「ぶる、ぶる、ぶるーん! スピード全開、ザ・サイクロン!」
と叫び回る。案の定、賢治の前で捕まえられて、すっ転ばされる。
「いてーの。賢治!」
「アホが。走りたいんなら、校庭で走れい。迷惑じゃ」
尻をさすりさすり広之進が立ち上がる。この前、みんなの前で頭を下げたくせに、立ち直りが早い。というか、広之進に恥という観念はない。
「いてーのぅ。賢治!」
顔を近づけて、まだ言う。あれ、と思う。やる気か。
「問題です」いや、広之進はわざと素っ頓狂な声を出して言った。「これは何ライダーでしょうー、っか? 変シィーン!」
広之進は変身ポーズを取る。さっきのとは違うポーズだ。
「ライダー何号でしょうー、っか?」
忌々しそうに賢治が広之進を見る。それから和馬を。
広之進が妾の子である和馬を揶揄しているのは、明らかだった。由里子と和馬の揉め事があって、和馬が油島興産会長鈴本平吉の孫ではなく子供であること、和馬の母親は平吉の妾であることがクラスに知れ渡っていた。それまで、大人たちは余計なことを子供には言わなかったのである。それがあの一件で、ワシのように親から知らされる者もあって、真相は一気にクラスに広まった。和馬がそれを隠していたこともあり、何となく、それがいけないことのようにも思われて、皆知っているのに知らんふりをする雰囲気が出来上がっていた。
それを敢えて広之進は表に出そうとしている。当て擦りをして、楽しんでいるのである。
「1号でしょうー、っか? それとも2号でしょうー、っか?」
子供に人気の仮面ライダーには1号と2号がいる。主演の藤岡弘が撮影中バイク事故を起こしたので、急遽藤岡ライダーはショッカーを追ってヨーロッパに行ったこととし、2号ライダーを登場させたのだ。2号ライダーの男もショッカーに捕まえられて改造されたのか、なぜ同じバッタの改造なのか、1号とどう連絡を取り合ったのか。FBIが暗躍しているのか。謎が謎を呼ぶ展開であったが、一切の説明はなく2号ライダーは1号の後釜に座った。番組が続くなら、子供達に異論はなかった。
「さて、どっちでしょー、っか?」
広之進はもう明らかに和馬を見ていた。クラスには緊張が走る。和馬は面倒くさそうに広之進を見ている。
「何? 俺に訊いてるんか」
「どっちでしょー、っか?」
おどけた広之進の声が教室に響く。賢治の顔が赤くなる。賢治は単純正義感まみれの男である。少年ジャンプのような男である。勿論暴力は悪いとは知っている。先生に毎日言われている。しかし今、賢治のリミッターは外れようとしていた。やばい!そう思った瞬間。
「2号」
和馬が答えた。
「そうじゃ。正解。変シーン!」
言い置いて、広之進は教室の外に飛び出していった。
賢治が和馬に近寄っていく。
「気にすんな。あんなやつ」
「別に。本当じゃからの」
広之進がいなくなって、教室の雰囲気は段々と戻っていった。由里子以外。由里子は固い顔をして二人を見ていた。
※
あれだけブームだったライダーメンコも、段々とやるものがいなくなっていった。広之進のインチキ事件以来、ワシらの熱も冷めた。他のものは、担任から賭け事をしないよう、全体で注意されたので、これも何となく遊びから外れていった。ワシと賢治と祐樹は、三角ベースをやったり沼でドジョウを取ったりして遊んだ。しかし、10月になると、水も冷たくなり北風も吹く。ワシらは新しい遊びを考えねばならなかった。
「和馬ん家に、人生ゲームがあったろう。俺、親戚ん家でやったことがある。あれおもろいど」
何気にワシは言ってみた。賢治は黙っている。祐樹は、
「いや、俺は和馬ん家、もう行くなちて親に言われちょるから」
と、下を向いて言う。
「それは、お前のオヤジが油島に勤めちょるからか」
「まあ」
「親の仕事の都合が、子供の遊びを縛るんか」
「いや、まあ」
と歯切れが悪い。ワシも父ちゃんから、もう遊ぶな、と言われた。教育に悪い、と言うのだろうか。金の使い方が荒いので、近寄らせたくなかったのか。それとも妾の家には近づかせたくなかったのか。
「和馬には関係なかろう」
祐樹も黙った。
ワシはひとりで和馬の家に向かった。
へんてこりんな外観のアパートに入って、一番手前にある和馬の家のチャイムを鳴らす。また、姉さんが出てきた。
「和馬くん、いますか」
「遊びに来たん?」
「はい」
「和也はおらんよ」
「どこ、行きましたか」
「さあ、鳥撃ちかの」
「鳥撃ち?」
「田んぼの方じゃ」
礼を言って田んぼに走る。この当時少し行けば、まだ田んぼが広がっていた。刈入れが終わって、田んぼの水は引いていて固かった。走ると、落ち穂を啄んでいた鳥が四羽、五羽と舞い上がる。向こうの田んぼに和馬が立っている。
「おう、圭介」
「なんか。何しよるんか」
「鳥撃ちじゃ」
和馬は手にパチンコを持っていた。Y字型の取手に帯ゴムが渡してある。そのゴム部分に石を咬ませて引き絞り、狙って飛ばすのである。危ない玩具なので、学校で禁止になっていた。メンコといいパチンコといい、何でもかんでも学校は禁止する。
「それで、鳥を撃つんか」
「おう」
「当たるんか」
「なかなかの」
「今日は当たったか」
「なかなかの」
和馬が笑った。手にしていたパチンコをワシに差し出す。もう一本、和馬は尻ポケットに挿していた。
「やってみいよ」
ワシはパチンコを受け取った。
二人でそろそろと鳥に近づく。何と言う鳥だろう。雀ではない。もっと大きくて、全体が茶色ががっている。
「よし。ええど」
小声で和馬が言った。身を屈めたまま、狙いをつけて、ゴムを引き絞る。北風が吹いて、鳥が首を上げた。
放った。
石は弾丸のように飛んだが、鳥の手前で跳ねた。驚いた鳥が飛び立つ。三羽、四羽。鰯雲の青空に線を引く。鳥はワシら頭上を飛んいく。いつの間に、和馬がパチンコを引き絞り、放つ。
石は鳥の羽を掠めて飛んでいった。
「ああ、惜しかったの」
ワシが言うと、おう、と和馬が言った。
「ワン、ツーでええ感じじゃ。当たるかもしれん」
「本当か」
「本当じゃ」
いい顔をする。
「じゃ、もいっぺんじゃ」
「おう」
地面にいる鳥の方が狙いやすい。それを和馬はワシに譲った。
「当てるんなら、和馬が先に撃ったらどうじゃ」
「いごかんやつを撃ってもおもろうないわ。それに飛んじょる鳥は、お前にはむりじゃ」
言いながら、次の石をポケットから出す。田んぼに石は落ちていないから、あらかじめ用意してあるのだろう。和馬は石を一つワシにくれる。
「ええか。よう狙うて撃てよ」
頷いて、ゴムを引く。後ろで和馬もパチンコを構える。
「1号はワシじゃ。2号は和馬じゃ。二人ライダーで、やっちゃろうや」
ワシが言うと、へへっ笑う和馬の声がした。
了