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【短編小説】ほっとライン

ーーはい。心と命の〇〇ほっとラインです。
ーー・・・
ーーもしもし。どうされましたか。
ーー・・・
ーーもしもし。
ーー・・・あの。
ーーはい。どうなさいましたか。
ーー・・・。
ーー大丈夫ですよ。わたし、板倉と言います。あなた、女の子ですよね。
ーー・・・はい。
ーーどうしたの。
ーーうまく言えなくて。
ーーいいのよ。思いついたことからで。
ーーあの、お金、かかりますか。
ーーああ、この電話はお金、かからないの。心配しなくていいわよ。
ーーはい。
ーーどうしたの。
ーーあの、友達が。
ーーうん。お友達が?
ーーうん。
ーーどした?
ーー死んじゃうって。
ーーお友達が死んじゃうって言ってるの。
ーーはい。
ーーそれで、電話してきてくれたの。
ーーはい。
ーーありがとう。それは心配ね。

相談者の話を遮らないこと。相談者は、周辺に相談相手がおらず電話してくることが多い。まずは、相談者が自由に話せる雰囲気を作ること。年少者の場合、フランクな言葉遣いにすることが効果的な場合もある。

ーーなんでも話してくれて大丈夫よ。この電話の内容を誰かに漏らすことはないわ。安心して、なんでも話してね。
ーー・・・はい。
ーーお友達が死んじゃうかもしれないのね。
ーー今日は何日?
ーー今日は、15日よ。
ーークリスマスイブに、飛ぼうって。
ーーイブの日に、お友達が飛び降りるのね。
ーーそう。
ーーそうなの。
ーーもう決めてあるの。ビルの屋上。そこは鍵が壊れてるの。
ーービルの屋上なんだ。
ーー昨日も行った。学校が終わってから。
ーー行ったんだ。
ーーカエが来てって言うから。
ーーお友達、カエちゃんで言うんだ。
ーーそう。

無理に色々聞き出そうとしないこと。答えてくれなければ、追及しないこと。基本的には、相談者の言ったことを、おうむ返しにしていって、なるべく相談者の口から状況を喋らせること。こちらから問い詰める形にしないこと。

ーー飛び降りるって言われたのね。
ーーそう。飛び降りようって。
ーー誘われてるのね。
ーーそう。今日も、誘われた。ぜったい飛ぼうって。
ーーいっしょに飛ぼうって?
ーーうん。でも、飛びたくないんです! いやなんです! 

相談者を感情的にさせないこと。言葉が感情的になってきたら、他の視点を与え、冷静にさせること。または、それまでの経緯を語らせること。どこで踏み外したか、その分かれ目を自覚させること。

ーー落ち着こう。大丈夫。そうね。最初から聞かせてもらえるかな。カエちゃんとはいつから友達なの?
ーー四月から。
ーー今年の?
ーーそう。
ーー同じクラスになったんだ。
ーーそう。
ーーお友達になったキッカケは何だったの?
ーー話しかけられたの。
ーーなんて?
ーー何、読んでるのって。
ーー本読んでたんだ。
ーーそう。
ーー何、読んでたの?
ーー言っても、たぶん分からない。
ーーそうね。私にはわからないかも。でも、どんなお話なの? 教えてくれるかな。

自分を言う時は、年齢差を感じさせない方がよい。心を開きかけた相談者が、年齢差を感じて黙ってしまうこともある。特に虐待関連の事案の場合、気をつけられたい。「私」が望ましい。

ーー笑わない?
ーー笑わない。
ーー今いるこの世界は、仮の世界なの。本当の世界は別にあるの。主人公の女の子は、こっちの世界では、勉強も運動もダメで、目立たなくて、ブスなの。
ーーうん。うん。
ーーでも、あっちの世界では、女の子は戦士なの。可愛くって強くって友達もいっぱいいるの。主人公の国は、今悪者たちに乗っ取られてるの。それを、女の子が皆んなと力を合わせて取り戻すの。
ーー面白そうね。
ーーうん。
ーーその本を読んでたんだ。
ーーそう。
ーーそしたら、カエちゃんが話しかけてきたんだ。
ーーそう。
ーーなんて話しかけてきたの。
ーーその本、知ってるって。
ーーうん。
ーーびっくりした。今、中学二年なんだけど、その本は六年生の時から読み始めてて、ずっと続いてるの。
ーーシリーズものなのね。
ーーそう。ネットとかで読んでる人は知ってるけど、友達で読んでる人は……。
ーーどした?
ーー友達って言ったけど……。
ーー周りにいる人ってことね。大丈夫、わかるよ。
ーーうん。誰もいなかったの。だから、カエちゃんにきいたの。知ってるのって。
ーーうん。
ーーそしたらカエちゃん、知ってるって。私もずっと読んでるって。で、嬉しくて、本当?ってきいたの。
ーーうん。
ーーそしたらカエちゃんが言ったの。本当よって。そこに書いてあることは、全部本当のことよって。

相談者から問題の核心に触れるような発言が出た時は、極力注意されたい。相談者は、そのことを自覚できてない場合もままある。或いは問題の核心に触れたくないという意識が無意識のうちに働くこともある。その場合、核心的な部分が大まかに語られたりする。
相談者に、問題を丁寧に語らせるべきである。そこに解決の糸口が見つかる場合もある。

ーーカエちゃんの言ってることが、よく分からなかったんで、きいたの。だって、本でしょって。
ーーそしたら?
ーー違うんだって。ここに書いてあることは、本当のことなんだって言うの。だって、本でしょって言ったら、違うって。本当のことだって。
ーー本には、本当のことが書いてあるって?
ーーそう。
ーー本の中のお話は本当のことってこと?
ーーそう。本当に女の子はいるんだって。今、あちらの世界で戦ってるんだって。女の子は今、新しい仲間を欲しがってて、その新しい戦士になれるのは、私たちだって。本は、それを私たちに伝えるために書かれてるんだって。
ーーカエちゃんは、自分が戦士だって思ってるの。
ーーそう。
ーーあなたは、自分が戦士だって思ってる?
ーー・・・わかんない。
ーーあちらの世界に行くには、どうすればいいの。
ーー・・・
ーーそれが、クリスマスイブなのね。
ーー・・・そう。

 自殺願望のある者は、それがイジメや虐待等外的な要因の場合、速やかに関係機関と連絡をとることが望ましい。外的要因をなくすことができれば、自殺を選択する可能性は低まる。自分はひとりではないこと。力になってくれる多くの大人がいると認識させることで、事態打開への希望を与えることができる。
 自殺願望の要因が内的なものである場合、具体的には、相談者が社会や周りの人間関係の中で疎外感を感じ、孤独のなかで自分の存在価値に疑問を持ってしまう場合であるが。そうした状況の中で、死ぬしかないと思いこんでしまう場合も、カウンセリングもしくは投薬治療によって、心理的改善を進めることができる。
 問題解決が困難であるのは、相談者が死ぬこと自体を目的化している場合である。相談者が死に憧れを持っていたり、死ぬことに独自の価値を見出している場合、その価値観を改変させることは極めて困難である。多くの場合、相談者は時間をかけて、死ぬことが善であるという信念を育てている。この場合の解決方としてはーー。

ーーでも、あなたは行きたくないのよね。
ーーうん。でも、行かなかったら、カエは一人でも飛ぶと思う。
ーーカエちゃんだけを飛ばせたくないのね。
ーーうん。
ーー友達だから?
ーー……うん。
ーーあの。一応きくんだけど、先生に相談するのは?
ーーダメ! 私なんか眼中にないもの。先生とは面談以外で話したことないもの。
ーー担任の先生じゃなくてもいいのよ。保健の先生とか。スクールカウンセラーの先生とか。
ーーそういう人は目立つ人しか相手にしないから。
ーー目立つ人?
ーー人前でわめいたり、泣き出したりする人。わざとリスカとかやる人。目立って注目されたい人。
ーー相談に行ったことあるの?
ーーそういう人たちと先生の取り合いになるから行かない。
ーーご両親は?
ーーもっと嫌。親に話すくらいなら飛び降りる。
ーーそうか。困ったね。
ーーだから電話したのに。
ーー困ったね。
ーーもう、切る。
ーーあ。待って。
ーー言いたいこと言えたから。もう、いい。あとは自分で考える。
ーー待って。
ーーもう話すことないの。先生とか親とか関係ない。
ーーごめん。余計なこと言ったね。謝る。
ーーもう、切る。
ーーじゃ、もう一度、お電話もらえるかな。イブの日までに、もう一度。
ーー考えとく。
ーーそれから、お名前、教えてもらえないかな?
ーー……なんで? 名前きいて学校に連絡するの?
ーー違う違う。この電話の相談員、私以外にもいるのよ。また電話してくれたら、私が出たいから。
ーーアキ。でも、うその名前だよ。
ーーいいのよ、それで。アキちゃんね。わかった。それから。
ーーまだあるの? 切るよ。
ーー教えてほしいの。本の名前。
ーー・・・
ーーイブまでに読む。だから、も一度電話して。
ーー「コードネーム」
ーー「コードネーム」ね。
ーーほんとはもっと長いけど、ネットではみんな「コードネーム」って言ってる。
ーーわかった。ぜったい読むから、イブまでに約束だよ。も一回電話してね。
ーー・・・うん。

相談を一度で終わらせないこと。また話せる道筋をつけておくこと。相談後は、相談内容を記録しておくこと。
また以下の事項についても記録する。
相談の始めと終わりで、相談者にどのような変化が見られたか。
核心となる出来事はなんであったか。
相談者を刺激した言葉に何があったか。
相談者のこだわりがどこにあるのか。
相談者が、何を求めているのか。
以上を考察し、次回の相談に備えること。

ーーもしもし。アキちゃんですか。相談員の板倉です。また電話してきてくれてありがとう。
ーー・・・
ーー明日がイブだけど。
ーーあたしは飛ばない。
ーーそう。決めたのね。
ーーうん。
ーーカエちゃんは?
ーーカエは飛ぶって言ってる。
ーーあなたの気持ちは伝えたの?
ーーうん。でも自分は飛ぶって。向こうで待ってるって。
ーーそう。で、アキちゃんは、どう思ってるの。
ーー飛んでほしくない。でも、止められない。
ーー誰にも相談してないのね。
ーーこの電話だけ。
ーー私はアキちゃんの本名を知らない。
ーーうん。
ーーカエちゃんが、明日やろうとしてることを、私とアキちゃん以外誰も知らない。
ーーうん。
ーー私はカエちゃんが、飛び降りようとしているビルを知らない。
ーーうん。
ーー知っているのはアキちゃんだけなの。
ーー言ったよね。私、止めようとしたけどダメだったって。
ーーでも、止められるのはアキちゃんだけだよ。
ーーだって、できないよぉ。
ーーカエちゃん。死なせたくない?
ーーうん。
ーー今、お部屋?
ーーうん。
ーーそばに「コードネーム」ある?
ーーある。
ーー私も読んだ、「コードネーム」。面白かったよ。
ーーでしょ。よかった。今日は、それを聞きたかったの。
ーーどこが面白かったか、聞きたい?
ーーうん。
ーーじゃ、教えるね。
ーーうん。
ーー「コードネーム」全部とマーカー持ってきて。いい、いまから私が面白かったとこ読むから、本にマーカーして。
ーー本に? やだよ。本が汚れちゃう。
ーーやってほしいの。そして、明日、カエちゃんに会ったら、読んであげてほしい。
ーーカエに?
ーー明日、カエちゃんに会えるのは、アキちゃん、あなたしかいないの。
ーー・・・。
ーーそして、カエちゃんが飛ぶことを止められるのは、「コードネーム」だけなの。
ーー・・・。
ーー違う?
ーー・・・そう。
ーーじゃ、いくよ。

一巻、
p12
私は夕焼けが好きだ。きれいな夕焼けが見れると、明日は晴れるって言う。だから好きだ。
p21
お母さんは料理が余り上手じゃない。明日の運動会のお弁当は、きっとあんまり美味しくないだろう。でも、私は美味しくないお母さんのお弁当が世界で一番美味しいと思う。
p31
だってこの世の中は不公平だ。可愛い子ばっかりチヤホヤされて。そしたらお姉ちゃんが言った。大きくなったらな、お前と結婚したいって人が必ず現れる。いるか、そんなやつ。いても1人だ。1人で充分。1人いれば充分だろ。
p51
ああ、死んじゃうのか。運が悪いな。何もできんかったな。こんなことなら、もっといっぱいやっとくんだった。ケーキいっぱい食べとくんだった。漫画いっぱい読んどくんだった。佐野くんに好きだって言って玉砕しとくんだった。よし子ちゃんに、あの時はごめんって言っとくんだった。
p61
これがあたし! この顔、このスタイル! この能力! これが私! うれしい! でも、でもこの寂しさっていったいなんだろう。
p101
戦士たち。ボクらは戦う。戦うために、ここにいる。でもいつか、この戦いを終えて、できることなら、元の世界に帰りたい。したかったこと、残してきたこと、向こうの世界にも宿題はいっぱいあるんだ。この世界で生きてるように、ボクは元の世界で生きてみたい。
p148
もしかして、この世界で死ぬことが、元の世界に戻るパスポートなのかも知れない。でも、皆んな、だからって命を粗末にするな。生きろ。生きろ。生きろ。剣を抜け。走れ。跳べ。自分に嘘をつくな。生きてる今を生き抜け!

マーカー引きはニ時間続いた。屋上でサエちゃんに会ったら、読んであげてね。それでも飛ぶんだったら仕方ない。でも、サエちゃんが、ほんとに「コードネーム」が好きだったら、飛ばないと思う。だからアキちゃん、お願いね。しっかり、しっかり読んであげてくださいね。

相談者が死後の世界に憧れを持ち賛美するのなら、その拠り所となるものは何なのかを探るべきである。思想であれ宗教であれ文学であれ、それがただ死ぬことを称揚し勧めるだけのものであるのは極めて稀である。もしそうなら、そうした思想や宗教や文学は滅びるしかないからだ。信奉するものがみな死んでしまうのなら、滅びるしかない。したがって、死に言及した今あるそれらのものは、その中に必ず生への賞賛を内包する。相談者には、その拠り所とする思想、宗教、文学の違う側面、生へ向かう考え方の側面を知らせるべきである。それが相談者の価値観を変える第一歩になる。


クリスマスの日、女子中学生飛び降りのニュースは報道されなかった。

           了

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