春過ぎて・持統天皇
春過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣ほしたり 天の香具山(萬葉集)
〈大意〉春はもう行き夏が来ているらしい。真っ白な衣が干してある天の香具山に
(鑑賞)夏が来た喜び
などと百人一首を買うと、付録の解説に書いてある。まあ、間違いではないでしょう。夏の到来を喜ぶ歌ね。
ただ、貴族って、夏、嫌いなんですよね。暑いし。京都も暑いが奈良も暑い。海、ありませんものね。熱の逃げようがない。
古今和歌集の部立てでも、盛夏の歌少ないっす。春は桜をはじめ歌材沢山あります。秋も紅葉とか。冬だって雪は趣ありますな。でも、夏って汗、ダラッダラにかくし、なんじゃか変な虫もおるし不快です!夏の季題ってなんですか。郭公とかですか、ああ夏が来たって。初夏ですな。でも盛夏の歌ってあんまない。ああ、風が吹いて涼しいわあ。月が綺麗や、暑さ忘れる。なんて歌ばっかですね。蛍なんてきしょいから歌にもならん。持統天皇、そんな夏がお好き? 変わってまんなあ。まあ、好みですからね、好きなら好きでええんですけどね。
が、ここでは違う読みを見てみます。それには持統さんがどんな天皇か、知る必要がありますな。
持統天皇は諱(いみな)は、ウノササラノヒメミコとか言いましたけど、生前はもったいのうて口に出来なかったようですね。で死んじゃってから、持統いう諡(おくりな)がつくんですけど、めんどくさいので、生きてるときから持統でいきます。
持統さんは、大化の改新やった天智天皇の皇女です。お兄さんに大友皇子がいます。で、彼女は天智さんの弟の大海人皇子の奥さんになります。天智天皇の死後、天皇の跡目争いで壬申の乱が起こります。大友VS大海人。持統さんから見れば、兄VS夫の争いです。持統さんは夫について乱の勝者となる。
大友皇子はまだ若いんで、自由に操縦できる思うた大豪族がつき、大海人皇子には中小の豪族がついたそうです。結果、大友側が負けたんで、天武天皇(大海人皇子)と皇后持統は絶大な権力を持つことになります。
で、天武さんもやがて年老いて死ぬ。次の皇位継承者の候補は二人。一人はもちろん持統さんの子、草壁皇子。で、もう一人が大津皇子。大津の母、大田皇女は、持統と同じく天智天皇の皇女で大海人皇子(天武)に嫁ぐ。しかも持統の姉。でも、若くして死んでしまった。
大津も草壁も血筋としては申し分ない。なんか人気は大津にあったみたい。最初遊び呆けてだけど、ある時、一念発起して勉学に勤しみ、立派な人物となった。今も昔も、こうしたストーリー、日本人好きなのよ。
持統としては、死んだ姉ちゃんの息子より、自分の息子に、どうしても天皇に就いてもらいたい。
で、大津皇子に謀反の企みがあると追討の命令を出す。皆んな嘘やとわかってんのに、なにしろ持統さんの命令やさかい、泣く泣く大津皇子を捕まえて首刎ねる。
詳しくは書きませんが、謀反の疑いかけられた大津皇子が、伊勢まで走り、姉ちゃんに、「姉ちゃん、信じてほしい。俺が謀反するわけないで」と言って、姉ちゃん頷くと、「ああ、よかった」言うて敢えて都に戻って捕まえられるの、涙涙ですな。
持統さん。これで邪魔者は消えた。アテの息子が天皇じゃ、つて大喜びしてたら、なんと息子の草壁皇子が病で死んでしまう。
な、何のために、アテは大津を殺したんじゃ。アテのやったことは無駄じゃったのか。持統さんは思ったでしょうな。何しろ、皇子はいっぱいいますから、別に大津、草壁がおらんくても、天皇候補はたんとおる。
はい。ごくろーさん。持統はん、お疲れした。
と、ふつうなりますが、そこは持統はん、違ってます!
実は、草壁皇子には子供があって、その名は軽皇子。じゃが、まだまだ幼い。子供というか幼児。でもしかし、不屈の持統はんは考えましたな。息子がダメなら、孫を天皇にする!って。
しかしまあ、軽皇子は天皇にするには幼すぎる。政治はまだ無理無理。
なら、どうする。軽皇子が成人するまでに、他の系統の者が皇位につけば、二度と軽皇子に天皇位は回ってこない。
どうする。どうすればいい?!
わかった。軽皇子が皇位継承できる歳になるまで、アテが天皇になればええんや。
つうことで、持統さん、女なのに天皇になります。これはもう、特異な天皇でして、持統さんの願いは、ただただ軽皇子を次期天皇に。軽が皇位につけるなら、ババはなんだってやります!
して、スーパー婆さんの頑張りが始まります。その中で、一等大きな事業は、藤原京の造営でしょう。
当時はまだ、一天皇にひとつの都の世界。代が変われば、その度ごとに、都を作る。これが常識でした。
なのに持統はん、孫のために都をつくる。天皇二代で同じ都に住まうのは、持統はんを、嚆矢とします。
で、出来上がったのが藤原京。藤原いうくらいですから、藤原氏全面協力。大和三山の真ん中に造営、成る!
感慨深かったでしょうな。持統はん。アテの仕事は終わった。兄を見限り、甥を殺し、無理やり天皇になり、孫のために都まで作った。
ああ、アテの仕事は終わったわ。香具山は、高天原から落ちてきた伝説の山。わが皇統の象徴。今、持統天皇は神々の祖先の山を、藤原京から見据えとるんですな。
春過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣ほしたり 天の香具山
夏は来るべき軽皇子の御代でありましょうか。漸く全てが整って、軽皇子の御代がくる。寿げ寿げ。天香山に翻る白妙の衣は、神官たちの軽皇子の御代を寿ぐ姿でしょうか。
ああ、アテのすべきことは全てやったぞ。
私はこの歌に、持統天皇の恐ろしき高笑の姿を見ますな。
軽皇子は後の文武天皇でございます。