「七帝柔道記II」が出ていた
昔、プロレスはホントのことだと思ってた。
ロープに振られたら、なんでこっち向いて帰ってくるんや、とか。
無制限一本勝負とか言うて、必ず時間内に終わるのはなんでや、とか。
卍固めは二人が協力せんとできん技じゃ、とか。
馬鹿者があ! お前らに漢と漢の勝負いうもんがわかってたまるかい! そう思うてた。
プロレスは基本受けるんや。相手の技を受けて受けて、それで最後の最後までガチンコ勝負するんや。技を受けきれん方が負けるんや。知りもせんのに黙っとけ!
私の友人は、プロレスの興行を見に行き、スタンハンセンに触ろうとして、首にかけたタオルで思い切りしばかれた。
「頭、もってかれるかと思うたわ」
月曜日、彼の右頬はまだ赤く腫れていた。それが、どんなに羨ましかったか。友人はどんなに誇らしげな顔をしていたか。
「なんで俺、誘うてくれへんのじゃ」
「えっ! お前プロレス好きやったん?」
馬鹿者。人並みに好きじゃ。言っておくが、当時の小中高生男子の半分はプロレスが好きであった。
馬場がいた。
猪木がいた。
サンダー杉山がいた。
若鷲、坂口征二がいた。
人間風車、ビル・ロビンソンがいた。
千の顔を持つ男、ミル・マスカラスがいた。
小学館の「僕らのプロレス入門」を愛読し、まだ見ぬザ・マミーや一万の傷を持つ男(名前は忘れた)に憧れた。
ルー・テーズはジョージ・ワシントンと同じ歴史の偉人で、カール・ゴッチをテレビで見た時は、ああ俺は神を今見ていると感激した。
人間山脈アンドレ・ザ・ジャイアントは、昔、モンスター・モシロフだかシロノフとか言ってて、フランスの奥地で木こりをしていて10人力だったとか、私たちはそれを信じ込み、畏敬の念でテレビを見た。
「馬場なんか弱っちいんじゃねえの。あんなほっそい腕で。十六文キックとか自分で当たりに行ってるとしか思えん」
バカもんがあ! バカもん!バカもん!何も解っとらん。
馬場ほどのプロレス巧者はおらんのだ、とひとり毒づき、私はジャイアント・スコーンを頬張った。
が、全てはヒクソン・グレーシーが変えた。グレーシー柔術。かつて日本人がブラジルに渡り、日本の柔術を伝えた。嘉納治五郎の柔道ではなかったらしい。よく知らんが。ともかく自他共栄ではないことは確かだ。
勝てばいい。例え腕が折れようとタップはしない。
アメリカでバーリートゥードゥという、なんでもありの格闘大会が始まった。目潰し、噛みつき、金的攻撃以外はなんでもあり。金網に囲まれた八角形のリングで、それは行われた。
そこでホイス・グレーシーが優勝する。ホイスは言った。
「ヒクソンは俺の十倍強い」
私たちは、それまでプロレス最強を信じていた。
スクワットを毎日一万回行い、一年中鉄下駄を履き、ウィスキーを毎晩、生でひと瓶飲む。
人間技ではない。そう思っていた。
が、プロレスラーの中に、なんか鉄条網金網爆破デスマッチとかやる人が出てきて、最後やたら泣いてて、感動押し付けてきて、なんかチャウなー、と思い出した。
そこに400戦無敗のヒクソンである。ホイスである。グレーシー柔術である。漢たちは皆、バーリートゥードゥに向かった。
96年に日本で大会が行われ、シュートの中井祐樹が参戦し、サミングで失明しながらも、自分より30キロも40キロも体重差のある外人を関節決めて倒した。その試合で中井は引退した。
そのビデオが出て、漢はここまで戦うのか、と感動した。
他のプロレスラーも次々と参戦したが、連戦連敗であった。ただ桜庭和志だけが、一人気を吐いた。
プロレスは本当は強いんです。
そう桜庭は語ったが、それはプロレスが強いのではなく桜庭が強いのだ、と思った。
私はプロレスから去った。その頃には一種のショーであることが広く認知され、プロレスは、ショーを楽しむノリで見るものとなった。
迷わずいけよ。行けばわかるさ。
猪木の引退ポエムは、そういう流れで受け止められた。別にマジでなくても、それはそれで楽しめばいい。そんな本気だとかショーだとか、目くじら立ててどーする。プロレスを観戦することは、そんな流れになっていた。
じゃ、本気モードの総合格闘技はどうなったかというと、なんかだんだん陰惨になっていった。
なんでもあり、というのは要するに喧嘩と一緒で、ある意味殺しあいのような、見ていてだんだん不快になるものだった。
ローマの円形コロシアムでライオンと奴隷が戦うのを酒を飲みながら楽しむ、およそ人としてどーよ、みたいな感じになっていった。
最近では喧嘩自慢の不良を集めて殴り合いをさせる興行が人気らしい。
正直、ついていけなくなった。
格闘技においても、ルールは必要である。ルールがあるからこそ、格闘技観戦は見て楽しい。
本気であり、尚且つそこにルールがある。
技と技を掛け合う。駆け引きをして技術の限りを尽くす。
決められたルールのなかで、本気でそれを行う格闘技があるのか。
ある。
それは柔道である。
山下泰裕 斉藤仁 小川直也 鈴木佳治 古賀稔彦 井上康生 吉田秀彦 野村忠宏 細川伸二 大野将平
山口香 田村亮子 濱田尚里 中村美里 塚田真希
パリ以外で、パッと思い出すだけでも、これだけ。まだ出せと言われれば、まだ出る。
俺はプロレスだけじゃなくて柔道も好きやったんやなぁ、としみじみ思う。オリンピック後の昨今、よりいっそう思う。
一本を取った姿は美しい。本当に美しい。
なんでこんなことを書き出したかと言うと、増田俊也の「七帝柔道記」の二巻が、いつのまにか出ていることに気づいたからである。
傑作ノンフィクション「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」の作者増田俊也は、かつて北海道大学の柔道部だった。後輩が中井祐樹である。
七帝柔道は、かつての高専柔道の流れを汲む、ほぼ寝技オンリーの特殊柔道である。そこに「待て」は、ない。試合時間いっぱい一本が決まるまで、寝技だけで延々と戦い続けるのである。かつての七つの帝国大学に、この柔道は残る。北海道大学・東北大学・東京大学・名古屋大学・京都大学・大阪大学・九州大学。
「七帝柔道記」は、作者の所属する北海道大学が十二年に及ぶ最下位から浮上し優勝するまでを描く(のだと思う)。一巻では、鬼のように練習する作者たちだが、未だ勝てずにいた。
その二巻が、いつのまにか出ている。
最早源氏どころではない。いや途中で放ってしまうと、もう多分続けては読まない。源氏はやはり継続して読むべきだ。どうする。
そうだ。二冊同時に読めばいい。いや、読み出したら「七帝柔道記」の先が気になって、源氏をおろそかにするに決まっている。実は「七帝柔道記II」だけでなく、増田は「木村政彦 外伝」や「VTJ前夜の中井祐樹」まで出してる。ぜ、全部読みたい。
読むならちゃんと読むべきだ。源氏も七帝柔道記も。
と言うわけで、源氏休憩します。再開必ずしますんで。
我ながら思う。なんと振り幅の大きい読書であるか、と。