旅と胃袋

どうやら得体の知れぬ国に行くことの不安要素の一つに、そこのメシが食えるかどうかという問題を多くの人が抱えているらしい。幸か不幸か僕の場合、日本で胃が痛くなることがあっても(oh,ストレス社会!)、海外をフラフラしてそこのメシで腹を壊したことはない。なんだかわけのわかんねえ材料を使っているし、ヘンテコな味付けをしているなんてこともしばしばあるのだけれども、これはこれで趣があってよろしい、と自分の舌を励ます才能が僕にはあるようだ。

タイには輪ゴムみたいな麺をワシャワシャといろんな具材とともに炒める料理がある。(パッタイ)なんだか塩っ辛いし、パクチーっぽい野菜が入っていて不思議な香ばしさがあって、おまけに麺は輪ゴムなので噛んでも噛んでもなかなか噛み切れない。なんじゃこりゃ!と最初はビックラこいてしまった。けれども気がつけば、朝起きてひとまずその異国情緒漂う輪ゴムビーフンを食べに行くのが習慣になっていた。美味い!というのとはちょっと違う。僕にとって輪ゴムビーフンを噛みしめることはタイを噛みしめることであったのかもしれない。(ちなみにそのタイの道端にある、小学校の机くらいの大きさの露店はFacebookアカウントを持っていて、思わず笑ってしまった。恐るべしIT革命。)

チリは海に面した国であるから、海の幸がすこぶる美味かった。そこらへんにフラッと店に入るとたいていサーモンフライがあって、ひたすらそれを食べていた。パリッと揚げた衣の中からジュワッと油が乗ったサーモンが登場するあの瞬間は、まさに至福のひと時であった。港に隣接している市場に行くと、活気にあふれた漁師たちと、大量の名もなき魚たちで溢れかえっている。(いや僕の魚介類の知識が乏しいだけなのかもしれないけれど。)そこではウニ丼を食うことができる。目の前でウニの殻をパカパカと開けて大量のウニをご飯の上に乗っけてくれる。チリで僕は生まれて初めて天に祈りを捧げてからメシを食った。

ところでチリの料理には良い思い出しかないのかと言われると、いちど哀しい想いをしたことがる。いつものようにサーモンフライを頼んで待っていた時に、ふとテーブルの中央にある赤と黄色のボトルに目がいった。おや?ケチャップとマスタード?郷に入りては郷に従えだ!と意気込んだ僕は早速ケチャップをサーモンフライにかけて、いかにも地元の勝手知ったるお客さんぶってみた。これが失敗であった。赤いボトルに入っていたのはケチャップではなくチリソースであり、ふた口目くらいにはもう口がヒーヒー。味もヘッタクレもなくなってしまった。ひとり旅だったものだから、誰かにそれを面白おかしく伝えることも出来ず、1人店の片隅でチリソースが大量にかかったサーモンフライと悪戦苦闘していた。忘れられぬ哀しき思い出である。

中国の路地裏にはたいてい小籠包が20円くらいで売っている。セイロをぱかっと開け、湯気の立つ小籠包を食べ、サービスで付いて来るスープを最後にすするのが中国での僕の1日のはじまりの儀式であった。以前、中国料理ってゲテモノとかもあるんでしょ?なんて言われたことがある。確かに今思い出してもゾッとするような昆虫を串刺しにして焼いて売っているお店もあることにはあったが、多分アレって観光客の思い出づくりとして販売してるんじゃなかろうか。地元の人が食べているところを目撃したことがない。

話が少し逸れるが、中国や東南アジアでは街の人が集まって広場でダンスを踊るという習慣があるらしい。おばちゃんから子供まで、たぶん100人くらいが少し高いところで踊るダンスリーダーの振り付けに合わせて踊る。ダンスリーダーがイケイケなのはもちろんのこと、かなり熟練度の高いおばちゃんなんかは日本のクラブで踊る若者顔負けのノリでステップを踏み、そしておまけにドヤ顔であった。すっかり日が沈み、街灯の照らす広場で100人くらいの老若男女が集い、イケイケダンスを踊る…最初にそれを見た時にはあまりの衝撃で、しばらく釘付けになってしまった。(中国料理は脂っこいからメタボ予防に流行っているのかしら?)

アルゼンチンは人より牛の数が多いと言われるほどの牛肉大国で牛肉がとてもとても安い。(血抜きをしっかりしてないから、かなり血なまぐさいのだけれども。)アボガドも脂がのっていて日本のように高くなく、ワインも1本100円でミネラルウォーターとさして変わらない。なものだから、ブエノスアイレスにあるゲストハウスにいた時にはそこに置いてあるバーベキューセットを使って、牛肉・アボカド・ワインの宴を毎晩、旅人達と繰り広げていた。肉を貪り、アボカドをパクつき、ワインボトル片手に肩を組んで踊る、酔っ払ったいろんな国の男達…壮観であった。

そこのゲストハウスには卓球台くらいの昔ながらのサッカーゲーム(クルクル選手を回転させるやつ)があって、ある晩たまたま居合わせた、すっかり酔いの回った日本人の旅人vsウルグアイ人の旅人で国際試合をやった。試合には勝ったけれど、試合の前にこちらが君が代を斉唱したら向こうはギターでビートルズを歌い出し、あまりにもカッコ良くて、こちらの稚拙さに日本人の旅人同士で顔を見合わせ苦笑いしたのをよく覚えている。僕ら日本人の旅人代表は、間違いなくオトコとしての色気においてすでに完敗していたのであった。(おわり)

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