いろいろな宿
目的地に到着してまずは宿を探しにいくというのは、予定を決めずフラフラと旅をする人が行うルーティンなのではないか。少なくとも僕が旅する時はまずバックパックを置き、移動後の束の間の休息を取るためにも飛行機を降りたら/バスを降りたら/電車を降りたらまず宿を探す、というのがひとつの行動パターンであった。
日本ではいまどき安宿なんて、地方に行けどもなかなかお目にかからない。カプセルホテルやらスーパー銭湯やら小汚いラブホテルやら…けばけばとしたドデカイ看板とともに聳え立つその建物達が、安宿としての役割を果たしているのが現状である。けれども僕が旅した国はいわゆる経済大国とは到底呼べない国ばかりであったから、おまけに僕自身も貧乏旅行をしていたわけだから、その街のどんな宿に泊まることになるかなんて行ってみなけりゃわからないアケテビックリ玉手箱、であった。
タイの首都バンコクにあるカオサン通りは世界中の旅人達が集まることで有名で、安宿の数も多い。そこまでは良しとして、けれど黙っていても客は集まって来るものだから、それに胡座を掻いたハズレ宿もチラホラとある。そう、僕はハズレくじを引いた。
そもそも1階の食堂は不良の溜まり場なんだか誰かの家の居間なんだか、なんだかよくわからない場所の雰囲気を醸し出していていかにも怪しげであった。刺青をしたニーちゃんやら魔女みたいなネーチャンやら、50年くらい山で修行してこないだ久しぶりに下界に姿を現した仙人みたいなじーさんやらがたむろしていた。
部屋は空いているそうで、仙人の奥さんらしき人に部屋の鍵を受け取り2階に上がろうとすると、魔女のネーチャンがニヤッと笑いながら”good luck”。ドアを開けてみるとそこにはお洒落な白とグレーのグラデーションのシーツ…じゃなくて最後にいつ洗ったんだかよくわからない汚ねえシーツが僕を迎えてくれた。部屋は裸電球ひとつで廊下は薄暗い、宿中には変な酸っぱい匂いが漂っていた。”what do u mean?”。仕方なくシーツの上にバスタオルを敷きそこに横にゴロンとなり、”まー横になって目をつぶれば寝れるかな”と思いきや、夜な夜な廊下で猫が喧嘩をおっぱじめ、それが収まったかと思えば女の人の喘ぎ声が廊下中に響き渡る。子供はコウノトリさんが運んでくるもんだと思っている僕が寝れるはずもなかった。”oh, jesus!”。
同じタイでも、それも同じ値段であったにも関わらず、田舎の街に行った時にラブホテルのような無駄に豪勢な宿に泊まったことがある。バスを降ると無駄に愛想の良いおっさんに”宿あるよ!宿あるよ!”と言われたので値段も安いしまーいいかと、そこに泊まることにした。行ってみるとあらビックリ。和やかな田園風景の中から突然ピンクの壁やら、お城みたいな屋根やら、安っぽいシャンデリアからなるなんともいかがわしい建物が…明らかに何かが間違っていた。唖然とする僕、おっさんドヤ顔。思うのだけれど、地方文化の娯楽性は都会への猛烈な憧れと履き違えを強力なエンジンとして成立しているのではなかろうか…なんて大学の眠気まじりに聞いた都市論の講義を、ゴテゴテしたタイの田舎で思い出したりもした。
ドミトリーというものをご存知だろうか。一般的な意味としては相部屋を前提とした宿のことで、dorm(眠る)場所という意味である。ウランバートルで泊まったゲストハウスは、そのドミトリーであった。部屋の両側に二段ベットが3つずつ並んでおり、ひとつのベットにつき1人の宿泊客が過ごしている。入り口を入るとまず受け付けと共有スペース、そしてキッチンがあり、(自炊もできるしコーヒーは飲み放題であった。)そこを中心にして各部屋にいくことができる。地下にはシャワールーム・トイレ・ソファがあり、映画を観たりしてくつろぐこともできる。1泊¥400であった。
果てしなくトキめいてしまったのは、部屋は男女共有であったことである。金が尽き何するともなく他の人が出払ったドミトリーのベットの上でポケーッとしていたら、隣のベットにを住処にするポーランド人のお姉さんがやってきて”何してるの?”と聞かれた。
”お金が無くなっちゃって…”
”ちゃんとご飯は食べてるの?”
”ははっ、このピーナッツを…”
”ダメよ、そんなんじゃ!ほら、これ食べて!”
と大量のパンとお菓子をくれたのであった。黒い髪の目が澄んでる、笑顔がチャーミングな女の子だった。”ああ、世界にはこんなに素敵な女の子がいるんだ…もっと男磨かなきゃっ…”と、ゴビ砂漠に堅く誓ったハタチの僕であった。
独房みたいな宿に泊まったこともある。部屋はベッドよりひとまわり大きいだけで、何をするにもベッドの上であった。共有のバスルームもあったのだけれども、なぜかそこも小さくて毎日膝をつきながらシャワーを浴びていた。どっかの信者の熱心なお祈りだと勘違いされていなかっただろうか。そこはチリにあるホステルだったから、まさか僕のカラダが規格外に大きかったわけでもあるまい。それとも旅の開放感がカラダまで大きくしてしまったのかしら?なんて阿呆なこと考えていたら、隣の部屋のドアが開いていてチラッと中を覗いてみた。するとベッドの横に椅子がありテーブルあり、おまけにテレビまで付いてるではないか。うぉい!しかも壁が薄いものだから、その日やっていた人気チーム同士のサッカーの試合の音がバンバンこちらにまで聞こえてくる。気にしない、気にしないと思いつつも…うーん、やっぱり気になる。仕方がないのでそのサッカーの試合を見れるバーを探して観に行くことにした。どうやらチリ人にとっては一大事な試合のようで店はごった返しみんな大騒ぎ。なんだかよくわかんないけど筋肉モリモリのアンちゃんに抱きつかれたりした。
帰りがけにレジで同い年くらいの女の子の店員に”あなた日本人?”と聞かれ”そうだよ”と答えるとると、
”私X-Japanの大ファンなの!”
”ああ、hideと母校一緒だよ(たぶん)”
”嘘でしょ!(目がハートマーク)”
なんだか自分が褒められているような気がしてきて、なるべくビジュアル系バンドマン風の顔をして”またね!”と店を後にした。その子は僕の心遣いに気づいてくれただろうか。(おわり)