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マネジャーは具体的な戦術に溺れることなく、抽象的な数字と虚心坦懐に向き合え

今週もあっという間に過ぎ去った。気づけば講義もあと3週。いよいよ最終盤だ。今年も新型コロナウィルスの影響でほとんどオンライン講義で進み、動画をYoutubeにアップし、学生からのQ&Aに回答し、レジュメを更新していたら1日が終わる。そんな日々がずっと続いていた。しかも、今週は娘氏の体調が芳しくなく、そこに気を配りながらの1週間。少々疲れた。

とは言え、水曜日、木曜日は多くの実務家の皆さんとお話をする時間を頂けた。水曜日は投資ファンド氏の紹介による上場企業CFOの方とのミーティング、そして昨日(木曜日)は福岡県柳川市で金属加工業を営む中小企業(従業員数50名程度)を訪問し、経営者(2代目)、その後継予定者(3代目)と会計担当者と管理会計実務についてお話をする機会を頂いた。

言うまでもなく、上場企業と中小企業とでは管理会計システムそのものは全く異なる。しかし、今回この記事を書こうと思ったのは、管理会計を用いたマネジメントのあり方については同じことを言っていたからだ。実務に携わる方は「何を当たり前のことを」と言われるかもしれないが。今日はそのことについてちょっとまとめをしておきたい。

数字と行動をどう関連づけて理解するか:管理会計の基本

会計数値というものは仕訳に始まる。仕訳は企業活動をその都度貨幣的価値で記録する。企業活動の場合は基本的に複式と呼ばれ、貸方(右側)と借方(左側)に勘定科目と数字(金額)を対応させながら記録していく。それを総勘定元帳、試算表、精算表と順次集計し、財務諸表(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書)にまとめていく。

管理会計の場合は少し違っていて、基本的に貨幣的価値で業績を把握し、取るべき行動を明らかにしていく。その場合、材料費=@単価×個数であったり、労務費=@賃金×作業時間のように記録していくので、単純に貨幣的価値だけでなく、個数や時間のような物量情報が重要であったりする。

例えば、今回訪問した中小企業Y社では、それまでPCと手作業で管理していた情報をiPodを用いることでIT化(最近の言い方ではDXになるのかな)を進め、情報の集約作業の簡素化、作業時間管理の効率化を進めようとしている。以前もここに書いたように、中小企業の製造の現場におけるコストマネジメントの中心は時間管理にあるのであって、それが一丁目一番地である。受注生産をして、材料費と概ねの経費(時間当たり単価)が明らかになっている以上、総原価を低減するには見積作業時間>実際作業時間となるようにしてマネジメントを行う。だから、時間管理も立派な会計になる。まさに、この中小企業でも同様のことを仰っていたし、作業そのものの効率化に加えて必要な情報を捕捉する活動の短縮化によるコスト低減を図ろうとしている。

また、中小製造企業の場合では、経営者と管理者、従業員の距離が極めて近く、作業内容の違いはあるものの、通常は類似した製品を製造しているので、管理会計システムは比較的簡素である。それでも中小企業では経営管理部門に多くの人を割くことができないから、経営者が生産管理も帳簿つけもしなければならなかったりもする。逆にそうだから、帳簿さえしっかりつけることができれば経営がどのような状況になっているかを知ることができるし、その逆もまた然りだとも言えよう。

加えて、Y社は取引先が限られており、主要取引先と言える企業数は両手にも収まらない程度であるとも言える。そうした状況を踏まえてか、Y社ではABC分析と直接原価計算を組み合わせたような部門別貢献利益管理とも言えるような特徴的な利益管理を行っていた。要するに、取引先ごとに受注金額=売上高と材料費等の直接費を差し引いて貢献利益を算出する。

ただし、ここで注目するべきは変動費ではなく、直接費を差し引いていることである。実際、直接費として示している金額の中には固定費的に扱っている労務費や消耗品費、減価償却費が含まれており、取引先ごとの売上高を基準として配賦が行われている。また、固定費も同様の配賦基準を用いており、原価計算を真面目に学ぶと違和感を感じるものになっている。

実際、同行した学生(簿記2級取得者)曰く、「え?どういうことですか?」と言っていたし、「簿記と管理会計って全然違いますね。今まで簿記ばかり勉強してきたからわからなかったけれども、管理のために会計ってこう使われるんですね」(意訳)とも言っていた。教科書的には違和感がある。

ただ、著書の中でも言及してきたように、管理会計は経営者を中心に企業の経営状態を把握するために用いられるものなのだから、財務会計との連携を多少意識しながらも、自身が使いやすく、経営判断を誤らない程度のものであれば問題ない

Y社の場合、経営者にとって必要な情報は、企業を支えてきた特定の取引先との関係を維持し、仕事を得ることによって得られる十分なキャッシュフローを確保しつつ、アイドルキャパシティを活用して他の取引先から受注を得られているかどうかにある。特に特定の企業からの仕事が集中すれば、どうしても配賦される費用が大きくなり、時にY社で言う貢献利益が赤字になることもあるという。それを見た管理者や従業員からは「なぜこの企業との取引を減らさないのか、止めないのか」と聞かれるというが、(意思決定会計を勉強した人であればいつか見た景色であるように)実は(直接費に含まれている固定費を差し引いた)貢献利益で見ると黒字になっており、採算はちゃんと合っているということになる。しかも、これを月次で集約し、翌月開始1週間程度で利益情報が出るというのだから、優れた情報管理ができていると言えよう。

つまり、Y社においては、経営者や会計担当者は取引先との状況を貨幣的価値で総合的に見ておきながら、現場では生産管理、特に時間に重きをおいた効率性(実際に生産性として時間あたり売上高を計算している)を高めることによるコストマネジメントを行っている。一部管理技法が特徴的かもしれないが、極めて教科書的な管理が行われていると言えよう。

また、「これ(取引先別貢献利益)があることで会社全体の状況が把握できる。工場で何か問題があれば、そこに工場があるから様子を見にいくことができる。現場で何が起きているかがわかる」とY社長が仰っていることはとても重要である。すなわち、箸の上げ下げをするようなマイクロマネジメントをしようとしなくても、組織成員がどのように行動しているのかが数字を追えばわかるのだという。あらゆる情報を掴まなくても、勘所となる情報さえ掴んでいれば十分にマネジメントができる。そのような意味だということだろう。

上場企業でも同じこと:数字と行動をどう紐づけて理解できるか

で、この話はその前日(水曜日)に聞いた上場企業S社CFOと同じような内容だったから面白い。

今回の話題は、事業の実態までどこまで細かく見る必要があるのかというものだった。具体的には、これまで話を聞いてきたいくつかのスタートアップ企業では、MCS(Management Control System)の設計をどうするかが中心的な議題になっているという話をしつつ、S社ではMCS(管理会計システム)を捉えているかという話を伺った。

すると出てきた話は、あまり細かく管理する必要はない。むしろ、重要なことは数字とその裏側に流れているストーリーを経営陣が把握できているかどうか。細かく1人1人の行動ではなく、少なくとも事業単位ごとにザックリと見えていること。もう少し言えば、その事業単位をマネジメントする管理者も同じような視点で見られていれば問題がないということだった。

そのために、同社では月次で事業単位の責任者(管理者)とミーティングを行い、数字の動きと実際の活動を紐づけて理解を揃える活動を行っているという。それも全体で集まってというものではなく、個別にそれぞれ1時間程度のミーティングを行う。そのミーティングでの話ぶりを見ていれば、その管理者がどの程度の力量で、どの程度事業を把握しているかもわかる。そういうものだと言われていた。

企業内部でマネジメントを担える人間に必要なことは抽象的な理解ができること

そういう話をしたところで、大学でも企業でも共通して課題になっている教育について議論が展開した。特に、具体と抽象の行き来という話に。結局、CFO氏曰く、これができるかできないかで管理者として一定レベルに達することができるかどうかで大体決まるという。しかも、それは管理者としてだけでなく、どんな仕事をしていても、企業人として仕事をしている以上、抽象と具体を行き来しながら、対面している人に対してどの程度の抽象度あるいは具体性を持って話すかをコントロールできる人が確実に伸びると。

管理者を育てることはなかなか難しく、そのレベルを維持することが難しいというのは長年議論されていることだが、日本企業でありがちな部下として優秀な人が管理者としては必ずしも優秀ではないという状況は、こうして生まれるのだろう。つまり、現場であればより具体性の高い仕事を日々行うことになるし、短期的な目標を追いかけることができる。

しかし、組織階層で上位に行けば行くほど、自分ではない他人に仕事を任せながら、自身は複数の部下から得られる情報を抽象化して上司に伝達する。もちろん、上司から下達される情報もある程度抽象化された情報を具体に落とし込む作業を必要とする。管理者に求められる仕事と現場を担う人材に求められる仕事は性格が異なる。これを同じような尺度で測ることは難しい。優秀さの尺度が変わる。決められた仕事がしっかりできることは重要な能力なのだが、それだけでは指揮官としては優秀ではないということだろうか。

ま、こうやって書いていることは、繰り返すけど当たり前の話。でも、何が面白いかって、中小企業だろうが、上場企業だろうが、MCSの設計上問題になるのは、共有される情報を理解し、行動するヒトの問題であるということ。システムを構築していく上での基本設計はシンプルで良い。これはY社の社長も、上場企業CFOも同様のことを仰っていた。しかし、組織階層が多く、権限以上をせざるを得ない上場企業S社では、CFO氏曰く「シンプルすればするほど、その抽象化された情報を企業行動(ストーリー)と関連づけて理解できる人が貴重になる」(意訳)と。まさに、MCSのデザインをどう設計するかが重要であるということ。

だから、思考訓練を繰り返しておかないといけない。学ぶ側がすぐに具体的に教えろと言い過ぎてはいけない。具体的に学んで理解したつもりになっても、それは本質的な部分を削ぎ落としてしまっている可能性がある。大事なことは本質を理解すること。改めて、どういう学生を育てていくかということの学びの機会を頂いた。

私にとって大事なことは、ゼミで行っている創業体験プログラムやプロジェクトのふりかえりの精度を高めていくことだろうか。そのためには学生の感度も重要なのだが。が、それは企業の現場で経営者と管理者、管理者と従業員にとの間で起きていることとソックリだ。最後は個人がどれだけアンテナを張り、感度を高めて、抽象と具体の行き来ができるようになることがいかに重要かを気付けるかどうかなのだから(どうしようもない)。

システムをデザインできる人、数字から起きている事象を把握できる人、そこからより良くするアイデアを出せる人、アイデアを実行できる人。これを育てることが私の仕事ですね。いや、そもそも私にできているのか問題(笑)

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