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計画を立てて実行し、成果を出す難しさ|2024スプラウト福岡女子商業高校③

2024年もあと1ヶ月。師走に入りました。ボチボチ来年度に向けた準備も意識し始めるところで、2024年度10プログラム、13地域に広がった『スプラウト』も次のステップに進みそうです。

「アントレプレナーシップ教育を民主化する」とでも言えるでしょうか。あえて地方都市に出向き、現地で中高生と一緒に地元産品を何らかの形で販売するという形を取り、そこに大学生がメンターとして活動する中で彼・彼女たちも学んでいるという共創的な学びの場を創る。2025年度は新たなパートナーとの共同事業や、通信制高校、フリースクールとの関わりなどを進める予定です。

それもこれも、このプログラムの意義を教えてくださったのはこの学校でした。今年は1年生の6クラスを対象に進めてきた福岡女子商業高校でのスプラウト。本来であれば女子商マルシェとの接続を考えても良かったのですが、今年は授業だけを行う独立したプログラムにしました。ここでの学びとマルシェとの実践的な活動が繋がっていることを何となくわかってくれているだけでもいいのになぁという願いを込めつつ、第3回授業に取り組みました。

果たして今回はどんな授業になったのでしょうか?お楽しみください。

女子商では久しぶりのペーパータワー

2024年度は4回講義の女子商でのスプラウト。第1回、第2回と通常通り授業を進めてきたが、今回から少し趣向を変えた。通常のプログラムではDISC分析からの組織マネジメントの話を進めるところ、今回は4回で終わりことを踏まえて先に金勘定=会計の話を優先して実施し、実践のふりかえりがないことから最終回で組織の話をすれば良いとなっていた。

今回の授業内容について解説

そこで単に会計の話もしたくないし、最終回に組織マネジメントの学ぶ時間を取るならワークショップが良いのではないかと学生からの提案でペーパータワーを行うことにした。その方針で授業を設計し、1週間前の打ち合わせに臨んだところバグを発見。その修正をしつつ、今回の授業を実施した。

ペーパータワーを行う際,そのワークの目的は次のように設定する。

①損益分岐点分析
②組織マネジメント
③組織内の言語化を通じた伝達と内容に従った行動の確実な実行

①は管理会計の基本的な知識を使って計画をどう達成するか。そのためには多少のリスクと不確実性を考慮する。②と③は若干異なっていて、②はコミュニケーションやリーダーシップ、他者との違いを理解することにウェイトがあり、③は設定された計画の再現性を重視している。

今回の授業では①に関連して収益費用に基づく経営計画の策定シミュレーションとして実施するとともに、次回授業に②と③の意義も伝えていくことに。つまり,2回の授業でペーパータワーを使ってエッセンスのすべてを伝えようとしている。

学生たちが考えた授業アイデアをレジュメに落とし込む。

特に①だけでもその前提を話すだけで相当の時間を確保する必要があり,90分の授業で全部盛り込むとなると時間配分が気になるが、ここも学生たちに委ねるしかない。指針を示しつつ、あとはどこまで準備できるかに委ねようと。もう学生たちだけで十分に授業の設計はできる。

ペーパータワーを使って授業する難しさ:学生のアイデアでこれを乗り越える

これまでのnoteでペーパータワーを活用した授業の紹介を行ってきた。その際常に述べているのが,「タワー建設ばかりに集中して,本来学んで欲しいことが伝わらないことがよくある」ということ。ゲームとしての楽しさがありつつも,何を学ぶためのプログラムなのかが置き去りになることがある。

今回も当然そのようなリスクがあることを学生たちに伝えた上で,この授業の目的は計画を立てる意義に絞った。すなわち,組織的な活動を行うためには共有されるべき目標が必要であるということ。そして,そこへのコミットメントを上げる工夫が組織マネジメントの鍵になるということ。後段は次回授業に委ねるとして,今回は活動成果を貨幣的価値で測定すること,数値目標で共有する意義について絞った授業内容に決まった。

1年生200人が一斉にペーパータワー

今回の条件設定がよく考えられていて,使える紙は20枚と条件を統一。1回目は自分たちが建てたタワーをもとに,ふりかえり重視で表に売上や使用枚数に基づいてかかる費用などの金額を記入していく。このルールで行けば,しっかり立つタワーを作ろうと思えば1段あたり4-5枚の紙を使うことになり,4枚だと5段,5枚だと4段までしか立たない。

このとき,高さはA4のコピー用紙長い方を使っても4段で120cm,5段で150cmとなり,1枚あたり2万円の変動費に,120万円の固定費がかかるから4段では固定費回収のみ,5段では総費用が120万円+20枚×2万円=160万円でそれでも10万円の赤字になる。こうして,まずルールを確認させる手続きを踏む。

1回目はルール確認。2回目はルールを把握した上で計画を立てるように促す。

となると,1段あたりの紙の枚数を減らし,高いタワーを建てることが必要になる。ここが今回のミソだと思っている。すなわち,アントレプレナーシップとは「限られた資源を活用して機会を追求すること」が定義として理解されているが,それは現在ブームになっているEffectuation理論でも示されているように,リスクと不確実性をどう手なづけるかという話でもある。つまり,何か負の要素が起きる可能性があると情報に基づいて判断できるリスクと,予想もしていない負の要素で大きなインパクトを与える可能性がある不確実性のうち,前者を会計情報やその他の情報で管理することはもちろんだが,アントレプレナーシップの発揮とは不確実性に対応するためにできるだけ情報を集め,その事態に陥っても正しい方向へチームを導ける能力のことでもある。これは何も緊急事態だけでなく,市場の不確実性に対しても同じことが言える。

つまり,少ない枚数で1段を構成し,高いタワーを建てることによって倒れる確率は高まる。これは誰でも予想できるリスクに相当する。今回の学びの1つはこれをあらかじめ計画し,チームで共有することで作業を確実に行いながら高いタワーを建てるという共通目標=計画を立てるように高校生を促せることにある。つまり,2回目のペーパータワー建設を通じて,高校生に計画を立てて実行することの意義を伝えようという仕掛けになっている。

今回6クラスの中で最も高いタワーを建てたのはこれ。

一方,不確実性は自分の考えられないタイミングでタワーが倒れること。たまたま人が通った,エアコンの風が向いたなど,倒れる要因はいくらでもある。そうなったとしてもしなやかな感情で対応しつつ,それをリスク管理の範疇に入れていけるようになるかということ。リスク管理に比べれば不確実性管理としての学びはまだ弱い面があるが,今回学生が出してくれたアイデアを意味づけるとすれば,こうした意味付けができる。これは今まで何度もペーパータワーをやってきたが,良い学びの機会になる仕掛けだと思う。

あるクラスの振り返り結果。ほとんどのグループが結果上昇。
これの意味が伝わると授業として成功。

実際に写真にあるように,あるクラスの結果を見るとほとんどのグループが売上と利益を伸ばした。また,他のクラスの様子を見ても,1回目より2回目の方が高いタワーが建てられたし,最後まで倒れなかった数も多くなっていた。

授業の目的である計画の重要性を伝えられているかどうかは現時点では把握できていないが,授業の仕掛けとしては成功だったのではないだろうか。よくやってくれたように思う。

ふりかえり:どこまでを自分たちでマネジメントするか。どこからを高校生の意志を尊重するか。

こうして授業自体は無事終了。第3回を終了することができた。

今回の授業は上記のような仕掛けをしていたので,担当してくださっている先生方もかなり驚かれていたようだ。理系科目を担当する先生はペーパータワーを見た瞬間に1次関数で問題を解けばよいのに,学生もそれを教えないし,生徒もそれをしようとしないのでちょっとイライラされていた(笑)。あるいは,別の先生は「今回この仕掛けは学生が考えたんですか?」という質問をしてこられて「そうです。彼・彼女たちのアイデアです」と答えると「面白いですね。失敗させるところから入るって普通教員だったらやりたがらない手ですしね」と。

そうなんだけど,ここに「だから学校で学ぶ意味があるんだ」ということも伝えようとしている。単にゲームからその単元だけを学ぶのではなく,ここで学んだことがどう社会とつながっているのか,日頃の生活に活かせるのかを考えている。なので,そこまで伝わって初めて成功と言えるかもしれない。

また,3回目の授業ということもあり,だんだん授業内の緊張感も無くなりつつある。良い意味でも,悪い意味でも高校生が大学生に慣れ始めている。あるクラスではある学生をアイドル的(笑)扱いをして打ち合わせを行う部屋まで追いかけてくる。これはまあ良い。また,あるクラスではクラス間の人間関係が悪化して,グループワークを組織しようとしても露骨に嫌がり,授業をエスケープする。まあ,思春期特有のものだと言えばそれまでだが,それをどこまで学生がコントロールするのか難しい。特に後者の事案については,それを我慢してなんとか授業を進めている学生が偉いというか,素晴らしいというか,よく頑張っているというか,どう声をかけようかという感じ。

こうして前回の記事ではないが,学校のプログラムとして入っていくと学校ごとにそれぞれの事情があるのだなと。それに対してどのような感情を持つわけではないが,そうした高校生たちの1つ1つの反応から教育という職業の難しさを感じさせる。と同時に,そういう現場に学生を立たせることに対する意見もあるだろうが,それも含めて学びの場だと考えているし,むしろそういう状況に触れられる方が人間味があって良いようにすら思っている。

ただ,アントレプレナーシップの定義よろしく,リスクを管理しつつ,そうした自分たちでは管理しきれない不確実性に対してどのような対処をするのか。無視をするわけではなく,適切に対応し,時に高校生の意志に委ねつつ,学びを確実に進めていく。そうした教育のあり方を学生たちが考える場としてもスプラウトが機能しているのだとしたら,それはそれで1つの進め方だと言えるのかもしれない。

授業を行う際,学生たちは「到達点」と「及第点」をあらかじめ設定した上で授業に臨むが,これもまさに計画をどう策定するかということであり,どう実施するかということでもある。そうやって「アントレプレナーシップを学ぶ」ということを通じて幾層にもそれぞれの利害関係者が絡み合いながら,学ぶ機会が創出されていることもスプラウトの面白さと言えるのかもしれない。

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