小さな町の中学生がビジネスから何を学べたのだろうか?|2024スプラウト苓北中学校⑦
一昨日,大分と鹿児島で実施している「スプラウト」(大分では「おおいた起業体験プログラム」)について記事を書いたばかりだが,その鹿児島での視察を含んで週末土曜日から昨日月曜日まで3日間を鹿児島で過ごした。特に昨日はこれまで行く機会のなかった,薩摩川内市,阿久根市,出水市と東シナ海側を北上し,それぞれの街の風景を眺めながら,ちょっとした観光を楽しんできた。
特に阿久根は以前から訪れてみたい場所だった。そこに何か縁があるというわけではないけれども,気になる街として。ひとつ知っているとすれば,下園薩男商店が「旅する丸干し」という商品を販売し,以前ゼミの卒業生がお土産にくれたことがあるくらいだ。ただ,その他の仕掛けもデザインに優れ,買いたいという気持ちがそそられるのもあって,ぜひ行ってみたいと。
そこで目的地を阿久根で食べられる美味しい海の幸とイワシビルに定め,この春から霧島に移住したゼミOBの運転で現地に向かうことにした。同行した彼も「デザインいいですね」「かわいい」を連呼し,気に入った模様。私も自分へのお土産に上記の写真にあるイワシの看板の形状をしたクリアキーホルダー(これが結構大きい)を購入。ランチに食べたアジ飯も美味で,すっかり阿久根を楽しんだ。
そう言えば,2024年になり,高大連携アントレプレナーシップ教育プログラム「スプラウト」は九州内すべての県で実施される。九州は各地でそれぞれ街の雰囲気,歴史伝統が異なり,隣町に行くだけで雰囲気が大きく変わる。「スプラウト」が関わる地域を取ってみても、日田,豊後大野,由布(いずれも大分),多久(佐賀)のように山間部の地域もあれば,佐伯(大分),壱岐(長崎),苓北(熊本)のように海の幸に恵まれた地域もある。では、みんな同じかと言われれば、それぞれ趣が異なる。
このプログラムは具体的には地域の中高生にビジネスを通じた地域に根付いた歴史,伝統,文化の再発見や,そうした地域固有の産品を自分たちの手でプロデュースして販売すること=アントレプレナーシップ教育として実施することで,自分たちのキャリアをこの街で作るという選択肢を提示することを目標としている。小さな一歩が大きな足跡になることを期待して。
そうして行政からの期待を一心に受けて今年度からスタートしたのが「スプラウト苓北中学校」の取り組み。人口6,000人の小さな町に暮らす中学生50人と大学生が連携しながら,アントレプレナーシップ教育を通じて新たな挑戦をしようとする取り組み。本日,見事大団円を迎えることができたので,その記録を記しておきます。
なお,これまでの経緯については下記のマガジンを御覧ください。
中学生によるふりかえりからスタート
富岡城お城まつりでの販売実習から約3週間が経過。この間,大学生は学園祭での模擬店出店,中学生は中間テストに臨むなど,それぞれの時間を過ごしてきた。すでに4回の授業と模擬店出店を終えている今回は,これまでの授業のふりかえりを行う。
ふりかえりは学生自らが「創業体験プログラム」で行っているように,ここまでの活動を時系列で振り返って,1つ1つ言葉にしていくもの。中学生だとまだ自分の行動に的確な言葉を与えることが難しいかもしれないが,大学生の伴走で少しでも言葉にすることの大切さを身に着けて欲しい。コミュニケーションとは,誰かに察してもらうことではなく,自己と他者との間の情報や考えや意志のやり取りであり,「好き」という感情と同じように伝えないと相手は理解できないのと同じように,相手に伝わってはじめて意味がある。「伝える」恥ずかしさを噛み締めながら,発言する勇気を持ってもらう。その伴走者として大学生は最適である。
こちらの準備不足もあって資料は直前に配布されたにも関わらず,中学生たちはそれぞれの学びを言葉にしていた。「大学生との授業ってどんなになるんだろうか?」「お城まつりでモノを売るってどういうこと?」とか疑問を述べるものもあれば,「売れるかな」「お客さんがたくさん来るかな」という不安もあったし,「やってみて良かった」「もっと売れる工夫をすればよかった」など,自分たちで実際に商売をやってみることの魅力を伝えようとする生徒もいた。
この点,大学生には明確に指示出しはしていなかったが,今回のふりかえりのポイントは,単に「楽しかった」だけでなく,何がどうして「面白かった」のか,「楽しかったのか」を言葉にすることにある。これは学生にも常に求めていること。
それに加えて,以前から記しているように価値あるものを相応の価格で販売し,お客様に購入していただくという商売の基本を忠実に実行し,ふりかえられるかも重視している。前回の記事でも記したように,「計画通りに販売できたグループ」,「供給量が足りずに売り損じが出てしまったグループ」,「大量に販売して需要は掴んだものの,売上はそこまで高くならなかったグループ」と大きく3つに大分できる中で,自分たちのチームの中学生にそのことを気づかせられるかにあった。
ここからグループワークになったが、Teamsの接続トラブル等もありつつ、うまくコミュニケーションが取れない時間もあったようだが、なんとか限られた時間でも中学生から言葉をいくらか引き出せたようだ。あとでの本授業でのふりかえりからもあったコメントだが,最初は恥ずかしがって黙して語らなかった生徒が出店時に声を出していたり,そうした生徒の変化を捉えて別の生徒がその様子を称えるといったやり取りがあったそうで、それはそれで素晴らしい時間になったそうだ。
そうしたやり取りをしつつ,1コマ目が終了。
ここで組織マネジメントについて説明
続いて2コマ目。ここでは「スプラウト」のカリキュラムでは第3回で通常行う「組織と個人の関係」を考える授業を一部抜粋して行った。
「スプラウト」では初回講義でアントレプレナーシップ(一歩踏み出す勇気)とコレクティブ・ジーニアス(組織的に成果を実現する)という抽象的な概念を解説するところからスタートする。苓北中学校では,中学生と大学生との間のアイスブレイクと概念を体感してもらうためにペーパータワーを使って授業を行った。しかし,10月の模擬店出店にに向けて2週間に一度の授業ペースでは授業をカリキュラム通りに進めていても出店には間に合わない。そこで,第3回に会計,第4回に経営計画の策定を入れたが故に,組織については最終回に少し話をすることにした。
レジュメ内に含まれているワークショップでも,今回の出店でどこまで自分が組織に貢献できたか,組織的に成果を実現できたと感じたシーンはあるかという問いを出している。中学生にとっては少々難しいかと思いきや,大学生からの報告によると,思春期特有の難しさを持っている生徒もいるけれども,多くの学生が自分たちに「できた」という自信が芽生えるとともに,他者に対して「◯◯くんがここをやってくれたから,わたしたちは△△ができた」という評価をフェアに伝えることができるなど,とてもポジティブな空気が流れていたのだそう。
誰もが初めての体験で多少のストレスを感じていたであろうが,中学生たちは大学生や社会人の皆さんからの支援を受けて経済活動の一員として参画した。そして,普段とは異なる環境で立派な成果を得ることができた。その意味を自分の中で消化して語れるようにすることがふりかえりの意義だが,そのことにも果敢にチャレンジしていた。とても健気でかわいらしい。どこまでこのプログラムの意義を理解できたかはわからないが,事業を営む,価値を生み出すという行為を通じて何か自分の中で芽生えるものがあるのだとしたら,それはそれで素晴らしいことなのかもしれない。
本当は彼・彼女たちがふりかえりシートにどんなことを書いたのかを知りたいところだが,14歳,15歳のこのタイミングで行った貴重な体験を胸に,このあとの進路,キャリアでも頑張って欲しい。そして,ここで学んだことがいつか役立つタイミングが来ることを期待している。
プログラム全体を通じてのふりかえり
こうして,東シナ海に面する天草諸島にある小さな町で取り組んだ「スプラウト苓北中学校」は終了した。業務的にはもう少し残っているが,朗らかで一生懸命授業を聞いてくれる中学生たちの助けもあり,無事に5回の授業と1回の販売実践を終えることができた。先生方をはじめ,苓北中学校の皆様,役場側でこのプログラム実現に向けて奔走してくださったYさん,このキッカケをくださったOさんに改めて感謝を申し上げたい。
実は苓北町・苓北中学校での「スプラウト」は,自治体レベルでは最小である(周辺エリアだけで考えると壱岐商業高校の勝本地区が最小)。しかし,自然豊かな場所は室町時代まで天草の中心部であり,政治・経済の要であったことを考えれば,それだけ豊かな場所であることはよく分かる。
しかし,高度経済成長期から昭和・平成までに物質的に何かを所有することが豊かさの象徴だと捉えられ,働くことが会社勤めを意味していく中で,本来持っている豊かさとは裏腹に急激な人口減少,少子高齢化に向き合わざるを得なくなっている。かつて店舗や旅館であった場所も廃業を余儀なくされ,街から活気が失われていく。本当にまだそれを続けるのだろうか。
こうしたことをフツフツと考えながら,「スプラウト」を九州各地に展開をしていきながら,自分自身に何もできていない苛立ちのようなものを感じていた。壱岐でも十分にやってきたと思っていたが,まだどこかに引っかかりがあった。そうしたタイミングで異なる場所から請われた以上は何か価値をもたらすようなことをしたいと考えてきた。
授業後に行った学生とのふりかえりでも述べたように,この答え合わせは数年後になる。KPIは,このプログラムを受講した生徒が苓北に戻って来る割合でも,仕事を作る割合でもない。もちろんそうしたことを狙いとしているが,いちばん大事なことは彼・彼女たちが自分の選択に納得し,自分でありたい未来を築けるようになるかだ。自分の選択を正しくする努力ができる人になれているかどうかだ。今は「楽しかった」「面白かった」「大学生と話せて嬉しかった」で十分。ただ,願わくはこの経験をあとで振り返った時に,「今自分がここにいるのは,あの時に学んだことがあるからだ」となっていると嬉しい。
奇しくも,昨日「アタヲ会」なる私を励ます目的で始まった食事会があった。そこでゼミOGが言っていた。
「学生の時はさっぱりわからなかったけど,今仕事を始めて何かにぶち当たった時に,創P(創業体験プログラム:学園祭の模擬店を擬似会社に見立てて,会社立ち上げから商品開発,広告宣伝,オペレーションなどを学習するプログラム)や他のプロジェクトでも同じことやってきたやんと。その時もなんとかなったんだから,今のなんとかなる」と。
他の学生,特に経営者であるOBたちは「もっとしんどい思いをしてます」なんて話を聞いたりもするが,少なからずゼミという場で得た経験が数年後にも役立つとは何とも嬉しい話。
今回の苓北中学校の皆さんの中からそう考えてくれるような人が1人でも出てくると嬉しいですね。この小さな町にはポテンシャルがある。先人たちはちゃんとそれを考えて街を作ったんだとしたら,わたしたちはもっと多くを学ぶ必要があるかも。もしかしたら「スプラウト」が苓北で何かを始めているかもしれない。なーんてね。
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