HARD THINGS
今日(7/7)はバタバタの1日だった。自分でスケジュールを入れたのだから仕方ないのだけれども,講義が4コマ。その間にオンラインミーティングが3本,対面ミーティングが1本。そして,ゼミの中心的活動の1つである創業体験プログラムの会社設立。娘氏が発熱で保育園を休み,戦場のような1日。そのタイミングであるゼミOBから連絡があった。
この中には投資ファンド氏から紹介を受けたとある上場企業CFOの方との非常に面白いミーティングも含まれているのだが,それはまた改めて述べることにして,今日はそのゼミOBからの電話から感じたことを記したい。
創業体験プログラムの「会社清算」はありえないと思っていた
その彼は大学卒業後,福岡のとあるスタートアップに入社し,将来を嘱望されるほどの働きぶりを示していた。そもそもは実家の家業を継ぐことを決めていて,その企業に入社したのも「新しいビジネスが立ち上がる過程を学びたい」ということだった。ただ,母親から「帰ってこない方がいいよ」という知らせを聞いた彼は何かが起きているに違いないと感じ,退職して実家に戻ることに決めたそうだ。
その会社は観光業,病院などを主要取引先とする地域でも重要なインフラを提供している。創業者は地域の名士であり,彼は創業者である祖父の葬儀を見て「いつかこの会社を継ぎたい。この街のために働きたい」と思ったそうだ。
しかし,彼が戻ってきたときにはもうどうにもならない状態だった。かねてからの観光客の減少,資金繰りの悪化もあり,経営状態が極めて悪い。倒産するのも時間の問題。彼曰く「破産しないだけ良かった。なんとか民事再生にこぎつけた」という。
そうして再生計画が始まったが,そこに襲ったのが災害だった。なんとか事業を継続しようにも,取引先もどうにもならない状況に陥る。やっと始まった再生計画も延長し,多くの苦難を乗り越え,支援者,銀行との交渉等の最前線に立ちながら,ようやくメドが見えてきた。しかし,祖父が創業し,自分があとを継ぎたいと思った会社は無くなってしまうかもしれない。
そのタイミングで彼が電話をかけてきた。
「創P(創業体験プログラムの略)をやってたときは『会社清算なんかありえねぇだろう』と思ってましたが,まさか自分が関わる会社がそうなるとは」
でも,彼は駆け抜けた。従業員を守るため,地域の重要なインフラを守るため。自分自身を一旦横に置いておいて,守るべきもののために一生懸命働いてきた。
徳を積んできたのだから未来は拓けるはず
人のために自分を押し殺してでも働けてしまう彼。良いところでもあり,悪いところでもある。
ゼミのときもそういうところがあった。どんな困難に直面しても,自分自身を見失わず,それでいて自分と周りとの関係を客観視しながら,その時取るべき最良な方法を彼は選択することができた。そういう彼だからこそ,今回の困難な状況でも,きっと何かを見出し,次の機会に活かすことができるだろうと思っていた。
電話で彼は自分の身の振り方を悩んでいると素直に話をしてくれた。いくつかの選択肢の中から何を選ぶべきか。ある選択肢を選んでも,どうなるかはある意味見えている。それは人のためには意味があることだけれども,果たして自分のためになるのか。あるいは,そもそも自分がこの街に帰ってきた理由はそこに会社があったからだけれども,無くなってしまうかもしれない今の状況でここにいることに意味があるのか。
私自身が悩んでいる小さなこととは全くスケール感が異なる。本や新聞,雑誌で読むような話を聞いていて,どんなアドバイスができるのだろうかと考えた。が,彼が私に意見を求めるときは本当に悩んでいるときであり,自分なりにできること,考え得ることを言葉にした。
少し休むにしても,仕事を続けるにしても,あるいは新しいことを始めるにしても,今このタイミングだからできることもあるし,時間をどう使うかは君次第だと。でも,今までの話を聞いている限り,どこで何がなされるべきかは自分の中で見えているように思う。まずは自分のここまでを棚卸して,考える時間を持ってもいいかもねと。
こんな差し障りのないアドバイスが意味あるものかどうかはわからない。が,20代半ばで周りの人間からの信頼を得て支援を引き出し,事業存続の柱に据えられたほどの人材である彼。ここまで他者のために徳を積んできた彼だからこそ,きっと見出して,引き上げてくれる人はいるはずだ。そんなに世の中は世知辛くないはずだ。そういう彼を見てくれる人はいる。
ふと思いついてある本を
そうやって電話を切ったあと,彼に読んでもらいたいと思った本が『HARD THINGS』だった。
この本は,シリコンバレーに拠点を置くベンチャーキャピタルである「アンドリーセン・ホロウィッツ」の創業者であり,AirBnBやFacebookに投資をしているベン・ホロウィッツの半世紀をまとめたものだ。簡単な書評はこちら。
あるいはこんな書評も。
ざっとこれを読むと,彼が直面してきた事実と符合する点が多々あるように感じる。今取り得る選択肢の中から最善の選択を行い,組織成員を守るために奔走し,なんとかメドがつくところまで来た。
何よりこの本の中にある重要なメッセージの1つである「経営者として最も困難なスキルは自分の心理のコントロール」が彼はできる。
また,「CEOに必要とされる唯一の資質はリーダーシップ」だと記されているが,彼には先天的なリーダーシップが備わっている。彼自身も「ビジネスを回すことが地域の貢献になる」と言っているからこそ,リーダーシップを取って新しい価値を生み出して欲しい。彼にはその能力があると思うし,その正統性があるように思う。
いろいろとまだ処理するべきことはあるけれども,次はその時間を自分のために使う番だろう。
どこまで参考になるかわからないし,私が創造している以上に辛い時間を過ごしたのだろうけど,この数年間の彼の時間の使い方,彼に降り掛かったHARD THINGSがこれからの人生を豊かにする糧になるはずだ。
私ももう一度読み直そうと自宅の本棚を探してみたが,どうやらここにはない。オフィスの書棚にあるようだ。早く読みたい。
そして,いつものことながら,若い人たちから「先生はもっと頑張らないといけませんよ」と言われている気がしている。近く彼の住む街へ足を運んで,久しぶりに馬鹿話をしたいものだ。できれば今月中にでも。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?