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MCU俳優ジョナサン・メジャース裁判:無罪もありえた大失態

 近年最大級のハリウッドDV疑惑といえば、ジョナサン・メジャース裁判だろう。2023年当時、マーベル・シネマスティック・ユニバース(以下MCU)の大役ヴィランを演じていた人気俳優であったため、映画界最大のシリーズそのものの行く末が天秤にかけられることとなった。
 留意しておきたいのは、この裁判が一般的に想起されるMeToo民事裁判ではなかったことだ。警察に逮捕されたメジャースを起訴したのは相手女性ではなく検察、つまりは刑事裁判だった。個人的な注目点は、軽犯罪容疑をめぐって「人種差別による冤罪」を主張した俳優の弁護団が過激な攻勢に出たことである。被害者とされた女性は、当初検察への協力を拒否していたにもかかわらず、メジャース側によって追い詰められた結果、検察側の証人として引きずりだされたようなかたちだったと伝えられている。有罪判決にしても、弁護士の失策が響いたと指摘された。
 MCUとだけあって日本でも関心と疑問が寄せられた事件であるから、おおまかな流れを追ってみよう。

*ドメスティックバイオレンスにまつわる映像と描写があります

事件の夜と朝

ジョナサン・メジャースとグレース・ジャバリ

 1989年カリフォルニアに生まれたイェール大学卒のジョナサン・メジャースは、演技派としてキャリアが急上昇していた黒人男優であった。2020年代序盤には、MCUにて征服者カーンを演じ、超大作『アベンジャーズ』新作のヴィラン(悪役)をつとめることが確実視されていた。逮捕劇の被害者とされる1992年イギリス生まれの白人女性ダンサー、グレース・ジャバリと出会ったのも、2021年、MCU映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』英国撮影でのことだった。二人は二年間交際し、ニューヨークで同棲していた。

 2023年3月の夜、事件が起こった。ブルックリンのパーティーからの帰路、運転手同伴の車内で、メジャースのスマートフォンに浮気のメッセージが表示されたことで、怒ったジャバリとのスマホの奪い合いが発生。検察は、彼に指をこじあけられて腕をひねられて頭と耳を殴られたと主張している。この時の運転手は、ジャバリを「サイコガール」と形容し、物音だけだと彼女のほうが暴力をふるっていた印象を受けたと証言した(検察側は「視認のみ証言となる」と異議をとなえた)。
 車から降りて去ろうとしたメジャースは、恋人から追いかけられた結果、相手を無理やり車の中に戻した。運転手は「アメフトのボールのように投げて」車に押し込んだと証言した。検察は、これによってジャバリの指が骨折し、耳の傷が裂け、頭にこぶができ、身体にあざができたとした。
 メジャースがホテルに行くと、ジャバリは通りで出会った人々に誘われてクラブに行った。友人らは、彼女が浮気について語って泣き、痛む指に氷をあてていたが、頭部や首の痣は見えなかったと証言している。

 メジャースは破局を告げるメッセージを送った。同居していたアパートに帰ったジャバリは、俳優弁護側によると32回彼に電話をかけ、浮気を責めるとともに自殺をほのめかすメッセージを送ったというが、これらのメッセージは証拠として提出されていない。ジャバリによると、帰ったあと流血に気づき、恋人の帰宅を恐れた。翌朝、メジャースが帰宅すると、鍵のかかった寝室のクローゼットでジャバリを発見し、自殺未遂のおそれがあると通報した。現場に来た警官によると、半裸で負傷していたジャバリは「睡眠薬を飲みすぎて寝てしまった」としながらも、メジャースを恐れている様子だったとし「同じ部屋にいたくない」とささやいた。こうして、メジャースが逮捕された。
 ジャバリは怪我の理由を言いたがらなかったが、最終的に、指の負傷はメジャースによるものだと明かした。のちに、彼にこのような旨のメッセージを送っている。「絶対に検察に協力しない」「刑事告訴させない」「喧嘩で携帯電話を奪おうとしたのは自分で、あなたは心配して通報しただけだと伝えた」。実際、彼女は逮捕は求めておらず、警察の見立てをとりさげさせ、検察への態度も消極的だったようだ。

PR戦略

 家庭内暴力に関する軽犯罪事件がニューヨークで陪審員刑事裁判に発展することは、じつは珍しい。ほとんどの被告が重い罪を回避するため、早期に軽い罪を認めて解決するという。しかし、ジョナサン・メジャースの弁護団は、完全無罪を狙い、積極的なPR、つまりメディア戦略を展開していった。
 逮捕が報道されると、メジャースの代理人が無実を主張し、女性側の申し出によって棄却されると発表。結局起訴されると、無罪の証拠がそろっていると主張し、監視カメラ映像を公表し、精神的に不安定な女性側が加害者だと示唆していった。「メジャースはまったくの無実であり、おそらくは、知人女性とのいさかいの被害者である」
 事情聴取が行われた6月、メジャース弁護団はニューヨーク市警にジャバリの逮捕を求め、指名手配ポスターを作らせようとした。通報者もいたと発表したが、検察は「通報履歴は存在しない」と否定的な発表を行った。このころ、ジャバリには暴行被害者支援団体の支援がついていた。のちに、彼女は警察に出頭して逮捕されたものの、不起訴となった。こうして、社会的に追い詰められていったという彼女は、検察に協力し、証人として刑事裁判に出廷することとなる。
 このほかにも、メディアの混乱がつづいた。匿名の12人がメジャースの虐待行為を告発する記事が発表されると、弁護団は否定し、同俳優の元恋人や知人女性の証言6件を提出したものの、うち4人から当該発言や承諾等を否定された(のちに同弁護士は、同記事へ対応したこと自体を否定)。弁護団が裁判を延期している間、ハリウッドの高校で起こった少女同士の喧嘩をメジャースが仲裁する映像がリークされたが、インターネット上ではヤラセだとして嘲笑の的となった。

刑事裁判

裁判所で新恋人ミーガン・グッドと手をつなぐジョナサン・メジャース

 2013年11月末、公判が開始。聖書を手に法廷にあらわれたメジャースは、新恋人である黒人女優ミーガン・グッドと母親をふくむ6人の女性とつれだってあらわれた。
 問われた罪状は4件。第三級軽犯罪暴行罪2件と第二級ハラスメント罪2件であった。法廷で扱われる事象は、基本的に3月の夜の出来事とされた。以下は、弁護側と検察側それぞれの主張の概要である。

弁護の主張:グレース・ジャバリは、精神的に不安定で、アルコール問題を抱えており、空想と事実の区別がつかない虚言者である。事件の夜に暴行を受けた人物は、唯一血を流していたジョナサン・メジャースである。彼が彼女を車に押し込んだのは、交通事故の危険から護るためであった。クラブで「復讐パーティー」を行って右手を動かしていたりしたジャバリは、この時に負傷していなかった。帰宅後、自傷行為をはたらいた。本人も負傷原因を特定できていない。売れっ子俳優と結婚できなかった腹いせ、金目当てであった可能性もある。黒人男性であるメジャースは、人種差別による冤罪を恐れていたにも関わらず彼女を心配して通報した。警察の捜査は不十分であった

検察の主張:ジョナサン・メジャースは感情の起伏が激しく、交際2年間にわたってグレース・ジャバリを身体的・精神的な虐待を繰り返していた。喧嘩後「自殺する」と言ったりしていた。ジャバリを心配した友人は、DV被害を聞かされ、怪我の写真も見せられていた。ものを投げられて住居から出ていったジャバリを叱る音声では「俺は偉大な男だ」「君にはキング牧師の妻のような心構えが必要」と威圧的に語り、ジャバリは泣いて謝っている。怒った彼が投げたろうそくが当たりへこんだ壁の写真も提出されている。3月の事件当時、ジャバリは見知らぬ人に助けを求め、クラブに避難した。当人によると、プロのダンサーであるため、骨折していても動くことに慣れていた。警察に事情を明かさなかった理由は、継続的な虐待被害による恐怖のためである。金銭目当てであったなら、救急車を呼ばず、検察への協力を拒んだのはおかしく、最終的な協力にしても彼女に経済的な利益はもたらされない。医師の診断では、指の骨折が自傷である可能性は低いとされた。メジャースの弁護団は、証拠を偽造・漏洩し、証言を操作するために救急隊員に3万ドルの賄賂を送ったとされている

弁護団の失態

ジョナサン・メジャースと弁護団

 法廷で注目をあつめたのは、ジョナサン・メジャースの弁護士、プリヤ・チョードリーによるドラマティックな弁論であった。彼女が強調していったのは「有名で裕福な黒人男性が白人女性によって冤罪にかけられた」人種差別疑惑。緊張気味のジャバリを詰問して泣かせた挙げ句、証言が不可能となって休廷となる場面もあった(一説には、暴行被害を訴える女性を泣かせることで、陪審員に「信頼できない不安定な精神状態」という印象を与える戦略として機能しうる)。たとえば、脈絡なく「10代のころのボーイフレンドが自殺を試みたというのは本当か」と問われたジャバリは、号泣して証言台から退くこととなった(裁判官は質問を却下した)。弁護側は事件当時の警察のボディカメラ映像を何度も提示し、涙ぐんだジャバリは答えたあと法廷から出られないか聞いた。
 チョードリーがとくに焦点をあてたのは「ジャバリが警察に対して暴行を受けたと告げなかった理由」であった。そのなかで「負傷していたのに病院に行かなかったのか」と追及すると、検察側のモリノー証拠(事件とは直接関係がない証拠)の開示が許可された。これにより、病院に行かなかった理由の背景として、2022年9月のロンドンで交わされたメッセージが公開された。どうやら、痛みを抱えていたジャバリは病院に行くかどうかメジャースに相談していたようである。

メジャース「君が病院に行ったらどうなるか、理解していないんじゃないかと心配だ。質問されたら、君は僕たちを守れないだろう。嘘をついても、疑われて調査されるかもしれない」
ジャバリ「もし病院に行ったら、医者には頭をぶつけたって言う。もう一日様子を見るけど、眠れないからもっと強い鎮痛剤が欲しい。それだけ。実際に起こったことを言うつもりはない。あなたと一緒にいたいとはっきりわかってるから」「あなたが安心できないなら、医者には行かない。あなたについては絶対に話さないと誓うけど、不安に感じるのはわかる」
メジャース「昨夜、自殺するか、家に帰るかで悩んだ。たぶん、自殺するだろう。もう考えることすらやめた……俺は怪物だ。ひどい男だ。人を愛することができない。すぐに自殺するよ。もう準備してる」

 裁判の途中までは、メジャースが無罪を勝ちとる可能性もあったという。しかし、メッセージ開示が「運命のわかれめ」になったとされている。このやりとりは「負傷理由の隠蔽」のように読めるし、病院に行くのを止めていたメジャースはおそろしい男だと「自白」しているかのようだ。これにより、ジャバリ側の訴えの信憑性は高まったと判断されたかもしれない。彼女いわく、2023年3月の騒動で救急隊員に怪我をした経緯を告げなかった理由とは、虐待に怯える日々のなか、メジャースに依存していたため、そして彼を守りたかったためである。
 2023年12月、ジョナサン・メジャースは4件のうち2件について有罪判決を受けた。車内での指への攻撃が無謀な第三級軽犯罪暴行罪とされ、車外での押し込みが第二級ハラスメント罪とされた。故意の暴行罪と故意のハラスメント罪については無罪となった。陪審団は、弁護側が主張した「ジャバリによる自作自演」説を信じなかったこととなるが、検察が主張した首の負傷までは認めていない。

泥沼化

 有罪判決がくだされると、MCUはジョナサン・メジャースを解雇した。アカデミー賞有力作と目されていた主演映画『Magazine Dreams』の公開は中止。ほかの出演予定作品や、タレント事務所とPR会社との契約も切られた。

 2024年1月、メジャースは、テレビインタビューを行い、涙ながらに暴行を否定した。「女性に暴力をふるったことは一度もない」「あやまちは浮気だけだった」。元恋人に平手打ちされた自分こそ被害者であり、警察の人種差別によって逮捕されたという弁護を繰り返した。「ニューヨークの街中で黒人男性に追いかけている若い白人女子が叫び泣いていたとしたら、男のほう射殺されるでしょう」。前述の録音におけるキング牧師の妻のたとえを新恋人への賞賛に使ったことで、牧師の娘から「母を小道具にするな」と遠回しな反発も受けた。
 このインタビューは、量刑審査に響いたようだ。メジャース弁護団によって延期された審査は4月に行われた。検察官は、テレビ出演をPR戦略とみなし、有罪判決を受けた被告の反省のなさ、再犯の可能性を指摘した。メジャースには約1年間の家庭内暴力加害者プログラムへの参加が義務付けられ、グレース・ジャバリとの間には無期限接近禁止命令が出された。
 これより少し前、ジャバリは名誉毀損および暴行でメジャースを民事訴訟している。俳優のテレビでの発言、そして弁護士が彼女を「エメット・ティルの告発者」に例えたことを受けてのことだった。訴状の中では(前出メッセージと同時期となる)2022年9月のロンドンにおいてメジャースがジャバリの首を絞めて殺害の脅迫を行ったと主張されている。

浮上したDV告発

 有罪判決から2ヶ月後の2024年2月には、ほかのモリノー証拠が明かされた。ジョナサン・メジャースの元恋人2人が身体的および精神的虐待を受けたと検察に供述していた旨がNew York Timesによって報道されたのだ。過去の事象であるため裁判には採用されなかったが、証言や連絡履歴、医療記録をもとにしたリサーチによって裏づけられているという。
 とくに深刻な供述は、メジャースと4年間婚約していたエマ・ダンカンによるものだった。2016年、映画『荒野の誓い』の撮影中に浮気が露見したメジャースは、ホテルで荷造りをしていたダンカンの首を絞めて脅迫し、次に身体を投げ飛ばすと「子どもを産めない身体にしてやる」と言い放ったという(メジャースの弁護士は否定)。その後の同棲生活においても、彼女をポストに投げ飛ばして「自殺する」と語ったとされる(同弁護士は「彼女が彼の自傷行為を止めようとしてポストに当たった」と主張)。彼女を地面に投げ飛ばすこともあったとした(同弁護士は否定)。2019年には、メジャースが家具類をひっくり返して破壊し、ダンカンの持ち物も壊したとされている(同弁護士は「自分の折りたたみテーブルをひっくり返しただけであり女性のほうが暴行を働いた」と主張)。これらの女性が語ったメジャースとの関係の変化、暴力、脅迫のパターンは、グレース・ジャバリが証言した経験と類似していた。

 また、2020年作の主演テレビドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』のセットでは、メジャースが女性スタッフに対して威圧的な態度をとっていたと報告されていた。証言者のうち二人の女性監督は実名を明かして証言している。

再挑戦の活路

「アンロックド・インパクト・アワード」に来場したジョナサン・メジャースとミーガン・グッド

 ハリウッドコミュニティは、ジョナサン・メジャースを支援したようだ。彼は多くの契約を失ったものの、2024年6月には、マーティン・ヴィルヌーブ監督映画『Merciless』主演としてカムバックが決定している。同月、黒人文化人を表彰する「ハリウッド・アンロックド・インパクト・アワード」にて忍耐賞を授与されたメジャースは、涙ぐみながら黒人の同業者たちに感謝を述べた。ウィル・スミスやウーピー・ゴールドバーグ、タイラー・ペリーら大御所から支援を受けていたのだという。この14分間にわたる演説においても、人種差別による冤罪を示唆する態度が貫かれた。

「みんな、昨年の私になにが起こっていたのか知りたいでしょう。犯罪司法制度における黒人男性として、怒りを感じていました。悲しみやつらさ、驚きも感じました。しかし、いざ手錠をかけられてアパートから引きずり出されると、異なる感覚を覚えました。(有名俳優たる)ジョナサン・メジャースのようでも(出演映画『クリード 過去の逆襲』のヒーロー)ミスター・クリードのようでも(MCUで演じたヴィラン)ミスター・カーンのようでもなく……少し怯えた、か弱い少年のような気分になりました。支援も有利な証拠もあったのに、悪い状況にあるとわかっていたのです。あの状況では、私の存在と立場そのものが悪とみなされるのですから」
「この世界で、男性、特に黒人男性は、スーパーヒーローかスーパーヴィラン、そのどちらかとして扱われがちです。しかし、私は気づいたのです。私自身は、そのどちらでもない…ただの信仰を試されている男なのだと。証明の試練によって、私の信仰はさらに強まりました」



よろこびます