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『ミス・アメリカーナ』 とは誰なのか

“いい子”は意見を押し付けない
笑顔で手を振ってお礼を言うの
政治の話で人を困らせるのも駄目
問題を起こすのが怖かった
“誰かの反感を買うことはしない”と
でももう駄目 もう我慢の限界

テイラー・スウィフトを追うNetflixドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』のテーマは簡潔。世界一有名なポップスターの「良い子」からの脱却です。政治的沈黙が普通のカントリーシンガーとして大成し、ポップスターに転向したら政治的沈黙、政治的中立性をリベラルから叩かれ極右から過激な持ち上げられ方をされた……みたいな顛末は著書『アメリカン・セレブリティーズ』に書きましたが、この機会に、テイラーサイドのパーソナルな想いが明かされたこちらの感想をささっと。

どんな人におすすめか

「ポップスターは運営にコントロールされている」と思ってる人に見てもらいないかなと。たとえば、立場上、『アメセレ』で書いたようなテイラーの支持政党表明までの大きな動きを説明したりすると「それ誰が考えてるの?(裏に全部の動きを決めてる偉い人がいるんでしょ?)」みたいな反応をよくいただくのですが。たしかにアメリカのスターって細かくマーケターやコンサルタントがついてるんですが、RealSoundでも語ったように、本人のディレクション能力も必要だと思うんですよね。その点、「運営ふくむ周囲が求めるいい子」からの脱却をテーマにする『ミス・アメリカーナ』のテイラーはとにかくベラベラ喋るので、「用意してもらった原稿をただ読んでる」だけじゃないと感じてもらえるかなと。たとえば、ポップスターのジェンダー格差を早口でまくしたてるように指摘するシークエンスは(彼女ほどのトップスターが「30歳が最後のチャンス」と捉えていることふくめて)衝撃的です。

先はまだまだ長いわ
だって私たちは老けた女性アーティストが捨てられる世界で生きてる
最初の2年は新品のオモチャ
男性アーティストの20倍も新たな試みに取り組んでる
必要だから でなきゃ失業よ
休むヒマはない いつも新しい輝きを見せなくちゃ
常に斬新で 常に若々しく でも彼らが望む姿で
彼らが安心できる姿に変身する でも挑戦し続ける
彼らをワクワクさせないと でもやり過ぎない程度に
その種の成功を掴みたいなら たぶんこれが最後のチャンス
だから もうすぐ30歳になるし 諦めたくない
世間が私を成功者だと見てくれているうちにね

男だらけの世界と映画的カタルシス

もう一つ、テイラーが「お人形さん」じゃないことを示すパートは、英米メディア批評でも称賛が多かった楽曲制作シーンです。本人が自覚するようにソングライターだからこそ大成したのがテイラー・スウィフトで、結構手癖があるから他アーティストに提供した楽曲もテイラーっぽさが出てたりするのですが。『ミス・アメリカーナ』のスタジオ風景はとにかくすごくて、テイラーがリアルタイムで詞や音をポンポン出してその場で完成させちゃうっていう。それをサポートするプロデューサー陣も、たとえばジャック・アントノフとか陽気にヒントを出しまくる感じで、そりゃ引っ張りだこになるなと(『レディー・ガガ:Five Foot Two』でのマーク・ロンソンはとにかくソフトなコミュニケーションでいい人そうだったので、そういうプロデューサーの違いも面白い)。

魔法のような楽曲制作でちょっと気になったのは、とにかく男性ばかりの環境なこと。もはやテイラーだけが唯一の女性なんじゃないか状態です。もともとアメリカを中心とした音楽産業の男性優位は有名で、2012年から19年にかけての年間TOP100チャート楽曲に携わった女性プロデューサーは全体のたった3%以下とされます。現場もものすごく「男の世界」だそうで、2010年代でもっとも高い評価を受けるDIYアーティストといっても過言ではないカナダ出身のグライムスすら、機材にさわらせてもらえない状況だったとか。

テイラーにしても、グラミー賞AOYスピーチで壇上にあがったなかでただ1人の女性(アルバムに関わったプロデューサーは全員男性だった)ことが話題にもされています。これ、テイラーがどうこうじゃなくて、とにかく女性のプロデューサーやソングライターは出世しにくい状況ができあがっていると問題指摘される事象です。こういうこともあったので、『ミス・アメリカーナ』で男性ばっかりなスタジオ風景がやけに印象に残ったわけです。しかし、このことが後々の映画的カタルシスにいきてくるんですよね。セクシャル・ハラスメント裁判で人生観が大きく変わり、周囲の反対を押し切って支持政党を公表したことについての言葉。

あの裁判でなにかが変わって戻らないの
一緒に仕事をする仲間や家族だとしても男性には理解できない

男性ばかりの職場にいた女性が「仲間や家族でも男には理解できない」と言い切るところがハイライトになっているのです。狙ったかはわかりませんが、映画作品としては見事なカタルシスだなと思いました。

『ミス・アメリカーナ』とは誰なのか

ついでに、意地が悪い視点ですが、もう一つの周期的な構造。最終的に、中間選挙でテイラーが応援した候補は当選できず、性差別的な法案を支持する共和党の女性議員マーシャ・ブラックバーンが受かるのですが。そこでテイラーは怒りを表明します。

信じられない
あの人がテネシー初の女性議員だなんて
女版トランプよ
女性の権利に無関心
50年代の男が押し付けた女性像を演じて当選したのよ

「男が押し付けた女性像を演じて成功した」って、『ミス・アメリカーナ』で示された過去のテイラー像とも被るんですよ《※1》。というか、テイラー・スウィフトは「ミス・アメリカーナ」をやめたけど、マーシャ・ブラックバーンのような「ミス・アメリカーナ」はまだまだいるよ、みたいなオチと捉えると渋すぎる……(深読み)。なので、そういう伝統的な男性社会が求める像を演じる女性が成功するアメリカ合衆国の現状を皮肉にあらわしてしまったラインでもあるかなと。意地の悪い見方ですが、だからこそ最後テイラーが若者に未来を託す『Only The Young』が響くかもしれません。

《※1 あくまでも映画で提示される「像」であって、内実はそうでもないと想いますが。元カレをこき下ろす曲が有名だったわけだし、『1989』の時点でSpotifyを大々的に批判したりしていたので、全般的にはそこまで「男性権力者に従順」ってわけではない》


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