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『キラー・ビー』考察 オタク以前のポスト・トゥルース
実在のスーパースター、ビヨンセのファンダムBeyHiveを元ネタにしたAmazon Primeドラマ『キラー・ビー(原題 Swarm)』。現実ネタはたっぷりで、音楽作品のみならずゴシップ騒動もそろっている。妹が夫を暴行したエレベーター映像、パーティーで噛まれた噂、彼女をバッシングしてファン軍団から犯罪予告されたトランプ支持者の有名人etc……ただし『アトランタ』のドナルド・グローヴァー監督だけあって、額面どおりに受け止めるべきファンダム批評でもなさそうだ。
※以下ネタバレ
悲しみよさようなら
まずこれ、共同ショーランナーのジャニーン・ネイヴァースが言うように「主人公ドレが彼女なりの方法で悲しみを乗り越える話」である。最終話、ついに行けたコンサートで、ドレは憧れのナイジャ≒ビヨンセと対面する。しかし、舞台上のスターの顔は、姉のマリッサだ。額面どおり受けとめれば、ドレにとってのコンサートとは「姉の喪失を受け入れること」だった。恋人にしつこく誕生日祝いの同伴を願ったのは、マリッサへの誕生日プレゼントのやり直しだったからだろう。いわゆる推しのアンチを殺していく犯罪街道にしても、ある面、かつてファン同士だったマリッサとの思い出に浸るための拒絶反応だったのかもしれない。
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だからこれは「オタク以前の話」で、当然ながら、ドレの人生ではナイジャ以上にマリッサが大きい存在だった。姉が忠告したとおり、現実の生活で気づかってくれる隣人こそ大事なのだ。ここから「ファンダム論」を見出すとしたら「現実逃避のための偶像に熱中しすぎることで対処すべきパーソナルな問題や存在と向き合えない」、現代社会で増えつつある事象かもしれない。
一方、ファンタジックな結末には不信がただよう。ドレが起こしたステージ乱入事件は、ビヨンセと夫Jay-Zの「On The Run Ⅱ」ツアーで実際に起こったことで、当然あんな対応はとられなかった。前話で逮捕されたと伝えられているし、実際に乗った車はパトカーと考えたほうが自然である。じつは、この違和感に『キラー・ビー』のカラクリが隠されている。
ポストトゥルース・ドラマ
最終話の原題は「ハッピーエンドを創造できるのは神だけ(Only God Makes Happy Endings)」。この神とは、有名クリエイターとしてep6に登場したドナルド・グローヴァーであるはずだ。現実の彼は、本作を「『ピアニスト』と『キング・オブ・コメディ』がまざったポスト・トゥルース」と形容している。この宣言どおり『キラー・ビー』は「モキュメンタリー式のep6のみが現実にもとづいており、ep1-5と最終話は劇中グローヴァーが作ったTVドラマ」だと考えられる。たとえば、ep6の取材では「(実際のキャストである)クロエ・ベイリー、ダムゾン・イドリス、ドミニク・フィッシュバックと一緒にTVショーをつくってる」と語られている。
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ep6は、あきらかに他エピソードと異なる。なにより、ここで語られるスーパースターは「ナイジャ」ではなく「ビヨンセ」だ。規制されるアーティスト名の音節、表示されるツイートの文字数は"Ni'Jah"より"Beyoncé"に近い。
グリーン刑事が会う主人公の里親は、ep5と別人で、元養子を葬儀から追い出すようには見えないし、夫はすでに逝去している。切り取られた家族写真にうつっているドレことアンドレアも顔が異なる。
本作品はフィクションではない
実在の人物や事件との類似性は意図的なものである
ep6以外であらわれるテロップは、劇中グローヴァーがつくった実録犯罪ドラマで表示されている文句なのだろう。このポスト・トゥルース構造を踏まえれば、劇中の違和感が晴れていく。現実ネタは2016年から18年にかけてアメリカで起こったことだというから、ビリー・アイリッシュのカルト軍団は劇中ガンビーノが有名カルト「Nxivm」を参照したものと思われる。現実の教祖は男性だったが、裕福な白人女性に焼き印をしていたセックスカルトとして共通している。金のなさそうな黒人であるドレが勧誘される展開の違和感はおそらく意図的で、実際には、洗脳騒動などなく白人女性たちが殺されただけだったかもしれない。帰省した実家のドタバタ劇にしても「スペクタクル」目的の脚色だと想像できる。主人公の姉妹関係や熱狂的ビヨンセ主義にしたって、クリエイターが勝手に考えた可能性がある。だから、この面でも『キラー・ビー』は「オタク以前の話」なのだ。
メタ制作背景を考えると、実在の人気アーティストのネタはより悪趣味になる。ビヨンセに偽名が使われている一方ホールジーがそのまま呼ばれていた理由は「実際に起こった連続殺人事件だから関係セレブの名前は使えなかった」事情と考えられる。それだけデリケートな実話ベースなのに、劇中グローヴァーは「話題沸騰のメタネタ」かのように人気ポップスターのビリー・アイリッシュ、マイケル・ジャクソンの娘パリス・ジャクソンをキャスティングしたのだ。なにより、急死するマリッサ役にビヨンセお抱えのレーベル契約歌手クロエ・ベイリーがあてられているのはグロテスク。
本作で訴求力を持つメッセージは、児童保護ワーカーが訴える「容疑者の不幸な身の上を知って安心した気になるな」という訴えだ。彼女の怒りもむなしく、劇中グローヴァーらTV業界は容疑者を「同情できる生育歴を持つオタクモンスター」としてキャラクター化し、我々視聴者に「安心できる娯楽」を授けた。現実ネタの参照範囲である2018年、グローヴァーはチャイルディッシュ・ガンビーノとして当時加熱していた気候変動とブラック・セレブリティ・ドラマをかけあわせるMV「Feels Like Summer」を制作していたことを考えると、その延長線かのような『キラー・ビー』こそ「『アトランタ』の次に作りたい作品」だったことには納得がいく。
どこかにいたのかもしれない黒人女性
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『アトランタ』の「次」として印象に残ったのは、同シリーズの一部に参加していたジャニーン・ネイヴァースの影響だ。彼女は「黒人女性として」の意識をもって本プロジェクトに挑んたという。
このグロテスクな実録犯罪メタドラマで「黒人女性であること」がラインになっていたのは、彼女の功績に感じられる。たとえば四人のストリッパーが自動車故障を助けてくれた男性を殺害した事件は本当の出来事で「人の善意を利用した悪党」のように報道されていたのだが、本作だと「正当防衛だと通報しても(黒人女性のセックスワーカーだから)信じてもらえない」台詞が挿入されている。主人公が警察の捜査線にあがらなかった理由も社会から阻害され忘れられる黒人女性ゆえと解説される。
なにより、現実のセレブリティネタたっぷりの『キラー・ビー』は、ネイヴァースの体験から生まれている。主人公の姉もビヨンセ絡みの人名なのだ。2016年、夫の不倫を明かすようなアルバム『Lemonade』がリリースされた時「憧れのスターカップルの幻想が壊れた」として自死したと噂された人物こそマリッサ・ジャクソンなのである。当時、都市伝説にわいたインターネットユーザーは「なんて馬鹿な女だ」と蔑んでいった。ネイヴァースの地元ヒューストンの黒人女性コミュニティにおいて『Lemonade』は非常に影響力があり大切とされた作品だった。それと同時に、ネイヴァースは黒人女性をおもちゃのようにもてあそぶファンダム現象を垣間見たのである。ジャクソンという名字は、ネイヴァースの親友と同じでもあった。
この摩訶不思議な経験は『キラー・ビー』に生かされている。劇中マリッサの不幸も、オンラインで好き勝手に嘲笑されていった。そして、グリーン刑事は、黒人女性として自分と同じ名字を持つ容疑者になんらかのつながりを感じる。ストーリーラインとして、刑事の憐憫は時すでに遅し状態だ。でも、彼女が感じた「なにか」とはなんなのか。それを考えるドラマだったように思う。
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