10代の過激化:テイラー・スウィフト公演襲撃計画が浮き彫りにするSNSの影響
2024年夏、オーストリアで起こったテイラー・スウィフト公演テロ攻撃未遂。10代の青年たちが逮捕されたこの事件は、近年深刻化しているティーンの過激化、ポップ化する宗教原理主義の問題を浮き彫りにしている。
テロ計画の概要
テロリズムの標的となったのは、首都ウィーンにて3日間予定されていた「エラズ・ツアー」コンサート。容疑者逮捕は8月7日。襲撃が企てられたのは翌日あるいは翌々日の公演だった。
同会場の全公演が中止された2024年8月末現在、逮捕されたのは3人のティーンエイジャーだ。「高度で具体的」と報告された計画の目標は「なるべく多くの異教徒の殺害」。自動車で会場外の群衆に突撃し、マチェーテで襲いかかろうとしていた。主犯格とされる北マケドニア出身移民の19歳は、アフガニスタンとパキスタンをを拠点とするISIS-Kに忠誠を誓っており、自宅に爆弾製造の痕跡があった。つとめていた金属加工会社から燃料となる化学物質TATPを盗んでいたという。地元メディアでは、放射性物質を拡散する「汚い爆弾」製造の痕跡も報じられている。トルコ、クロアチア系の17歳の容疑者の場合、会場に出入りするスタッフとなっていたため、現地で逮捕された。もう一人の逮捕者は、近しい過激派とされる18歳のイラク人であった。
この計画を米諜報機関CIAより報告されたオーストリア当局が迅速に対応したことで悲劇は防がれた。
「独立した女性」を象徴するポップスター
テイラー・スウィフトのコンサートがテロの標的にされたことは驚きでない。一般的に、テロの狙いとは 'terror' 、恐怖をひろめることだ。ISIS-Kの場合、ライバル組織との差別化をはかるため話題になる攻撃に力を入れているという。彼らの最大の標的でもあるアメリカ合衆国のスターなら、最大限の効用が見込めるはずだ。たとえば2024年にはパリ五輪を標的したテロ計画犯の逮捕劇も起こったが「エラズ・ツアー」のほうが大きな話題をつくった。世界中で親しまれている人気者が狙われた衝撃が大きいし、犯行が防げたとしても、本人やファンの反応が報道されつづけるためだ。
もう一つ、よく挙げられる説が、アメリカの女性ポップスターが体現する思想とファン層だ。とは言っても、そうした証言は見あたらない(2017年マンチェスター爆撃犯にしても米国のシリア介入を動機としていた)のだが……米国の女性ポップスターの価値観はこのように定義づけられる:女性の自立の促進と男性優位社会批判、自由恋愛や婚前交渉の肯定、同性愛者への支援、肌を露出した格好。政治色が薄いテイラーをふくめて、おおむねリベラル派フェミニズム、つまりISISの対極だ。彼女たちの観客の多くは、過激派から「異教徒」認定を受けるであろう若い女性たちである。
「たくさんのアメリカ人が標的に含まれていた」と報告されたように、テイラー・スウィフトは、海外公演においても自国民を動員していた。コロナ明けの米国でドルやライブチケットが高騰していたため、経済的に余裕のあるファンにとっては「物価の安い海外の公演に行ったほうがお得」な景気ギャップが働いていたのだ。こうした背景により「エラズ・ツアー」は「アメリカ人女性の経済的成功と独立のシンボル」としても讃えられていた。
ティーンの過激化
「エラズ・ツアー」襲撃計画は、欧州圏における新たなテロリズム危機の類型にあてはまっている。まず、逮捕者三人がティーンエイジャー。近ごろ、こうしたISIS関連事案は珍しくない。2023年の独クリスマス市場、2024年米アイダホ教会、仏パリ五輪サッカー場……未遂に終わったこれら襲撃計画の逮捕者はみな10代の青年であった。
驚きなのは、主犯青年が過激思想に染まり上がった速度ではないか。マンチェスター爆破物事件と異なり、過激組織が関与したわけではなく、間接的な影響を受けたにすぎなかった。青年がインターネットを通じてISISやアルカイダに入れ込んだとされるのは2024年7月ごろ。「エラズ・ツアー」襲撃計画は8月はじめ。つまり、たった一ヶ月で本格的な自爆テロを企てるまでになったのだ。弁護士によると、彼がISISに忠誠を誓った理由は「イケてると思ったから」。専門家によると、こうしたケースが欧州で増加している。
米軍アフガニスタン撤退とハマス10.7襲撃以降、欧州と米国のテロリズムリスクは急増した。ISIS-Kを筆頭とした過激派は、SNSを駆使し、ポップなかたちで若者に思想を広めようとしている。
2015年以降EUで増えたローンウルフ型イスラム過激主義テロリストの動機は、信仰よりも「人生の問題を解決し即座に英雄になる機会の希求」だと推測されていた。現在、社会から疎外されていると感じる若者を標的にしているのが、過激派インフルエンサーが提供する「問題解決」「あるべき男になる方法」としてのイスラム原理主義コンテンツだ。異性とのトラブルを抱える思春期男子には響きやすい。「エラズ・ツアー」の主犯には、学校で女子に暴力をふるった噂もあるようだ。
男性優越主義のサブカルチャー
さらにポップな流行もある。近年、「男らしさ」や伝統的家族観をめぐって、一部のムスリムと西洋保守の文化政治同盟が築かれつつある。もちろん宗教過激派と同一視はできないが、これらの反フェミニズムおよび反LGBT潮流は、身近なサブカルチャーとして広がっている。
たとえば、西洋とアラブの青少年の間で人気を博しているオンライン界隈「マノスフィア」。女性への暴力を正当化する男性優位主義インフルエンサーのアンドリュー・テイトは、2022年にイスラム教への改宗を発表し、ISISこそ「真のムスリム」だと称賛した(のちに後悔を表明)。ポルノ出演強制などの罪に問われている彼がイスラム教やキリスト教の主流派倫理に反していることは言うまでもない。
一方、ロールカー教授が推奨するイスラム過激化対策は、オンラインコミュニティに根ざさない。まず個々人の問題への支援、そして社会的適応をうながす武道のクラスである。身体を動かしてストレスを発散できそうだし、達成感や地域交流、帰属意識やコネクションも得られるかもしれないから、属性にかかわらず有益かもしれない。