『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』S2E8 歴史への祈り
シーズン2エピソード8「不滅の女王」感想。最終回らしからぬ内容は、全10話予定が急遽8話に短縮されたためと思われる。それにしてもやや停滞のシーズンだ。
執着トレード
シーズン2で行われたのは、予言を軸にしたレイニラとアリセントのフリップだ。スイッチとなるのは二度の平和交渉。特権的な自由を享受していたレイニラは、小評議会の指揮をとれずに隣人を失っていくなか、旧友との会話でもたらされた「父に選ばれた」確信にすがるようになり、予言への執着を加速させる。対して、抑圧的に義務をアイデンティティとしてきたアリセントは、旧友から予言を誤解していたと知らされ、政治からも追放されて持たざる者となる。つまり、今や義務に依存しているのはレイニラであり、アリセントは自由(のようなもの)を手にしている。
真ブラッド・アンド・チーズ
ただ、最後のアリセントに関しては受け入れがたい。翠装派が敗戦濃厚になってしまったから娘と孫娘の救命に賭けたかたちなのだろうが、息子(そして男性親族ほぼ全員)の首を差し出しておいて、処刑する側を逃避行に誘ってる場合じゃないだろう。子どもの命を守るために20年間捧げてきたキャラクターの決断としては場面の組み立て方が不十分に感じられた。原作版ブラッド&チーズで放たれた拷問のような言葉は、TV版だとエイゴン二世にぴったりだ。「聞いたか?坊や。ママはお前に死んでほしいんだってよ」。
母親つながりだと、幼い息子を惨殺したデイモンの背中を押すヘレイナの場面も奇妙だ。設定の理屈はわかるが、タイミングと配置含めてあまりに人間味がなくて、キャラクターへの感情移入や愛着形成がさまたげられる。
まぁカジュアルな視聴者はジェヘアリーズのことを覚えていなそうだが……というのも、ここが問題だ。開幕早々物議を呼んだブラッド&チーズの矮小化は、シーズンの欠点を浮き彫りにしていた。物事の大きさや影響をうまく伝えられていないのだ。『ゲーム・オブ・スローンズ』では、ネッドやジョフリーの死が残されたキャラクターたちの関係に根深い影響を与えて戦況を変えていった。『HOTD』シーズン2はこの連鎖の創出が下手で、転機となる事件への反応が映されなかったり、喪失の余波がたち消えたりしてしまう。エイゴンが「唯一感情を持っているメインキャラクター」と評判になった理由は、彼だけが惨劇に本気で悲しんで怒り、なにかを成し遂げようとして挑戦して過ちを犯す玉石混淆な人物だったからだ。
未来に託して
黒装派はほとんど停滞の繰り返しだった。陣営をまとめられないレイニラ、悪夢に苦しむデイモン、船場で話すコアリーズ……。原作にあったジェイスの冒険や内部分裂危機をカットしなければもっとダイナミックなストーリー展開になっただろう。
デイモンの停滞を打ち破ったのも、結局は予言である。幻覚のなか「欲していたのは玉座ではなく家族の承認」と気づいたのかと思いきや、最後の最後に見せられた約200年後の『GoT』未来予知により、姪を支持する啓示を授かったらしい。今後うまく機能していくのかもしれないが、二年に一度しか放送されないリアルタイム視聴体感だと拍子抜けしてしまう。
じつは今期、『GoT』で監督をつとめたベテラン、ミゲル・サポチニクがショーランナーから抜けていた。放送開始前、マット・スミスはこのように語っている。「ミゲル不在の影響を視聴者も感じることだろう」。予言頼みのシーズンで俳優の予告が的中してしまったあたり皮肉だ。総括者の離脱を皮切りに、急なシーズン短縮、そしてハリウッドストライキの混乱によって制作現場が制御不能になってしまったのだとしたら、王の没後に致命的アクシデントが連続していったシーズン2の筋書きとよく似ている。
今シーズン、人望を失っていったレイニラは歴史書の世界に閉じこもり、現実を歴史的観点ではかるようになった。ゆえに殺戮にも躊躇がなくなっていったし、アリセントに対しても「歴史での記され方」を口撃に使っている。この設定は、歴史書の体をとっている原作『炎と血』へのトリビュートでもあるだろう。不評に終わったシーズン2にしても、完結後、人々が俯瞰的に再見していけば「うまく構築していた」と再評価されるかもしれない……あるいは、制作陣はそう祈りつづけて混乱を乗り切ろうとしたのかもしれない。
前回
よろこびます