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同情される殺人鬼 Netflix『ダーマー』の嘘と実話

 Netflix歴代三位の社会現象となった2022年作『ダーマー モンスター:ジェフリー・ダーマーの物語』は、大変な物議もかもしたTVドラマである。クリエイターは、不謹慎な作風でも知られる男性ゲイ作家ライアン・マーフィー。遺族から抗議を受けた『ダーマー』への批判の矛先は、遺族に承認をとらずに鮮烈なかたちで実在殺人鬼を同情的に描くかのような姿勢にあった。しかし、ストーリーテリングの面で議論するとなると、事情は深刻で複雑だ。ジェフリー・ダーマーとは、もともと共感を集める存在とされることが多いシリアルキラーなのだ。本作の是非を語るにしても、実際の背景、なにがどのように変えられたのかを知ることが助けになるだろう。

「温和」な殺人鬼

 前提として、ジェフリー・ダーマーが同情を買いやすい理由は、有名シリアルキラーのなかでは「温和なほう」に位置するためだ。警察に捕まると罪状を認め、おとなしく口調で供述していき、自責の念まで示した。これらは攻撃的な嘘つきといった定番のシリアスキラー像から離れている。法廷証言を求められた心理専門家すら「それほど悪人じゃない」と驚いたり、多少の同情を表明したりしたほどだった。

ダーマーは、ロマンチックな存在にしやすい連続殺人鬼だ。求めていたのは、愛とぬくもりだけ。それを得ようとした方法が極端に異常だった
(精神衛生ソーシャルワーカー アビゲイル・ストルベル)

Why Do So Many People Sympathise with Serial Killer Jeffrey Dahmer?

 ダーマーは、当時の基準でサイコパス(精神病質)と診断されなかった。指摘されたのは双極性障害だ。加害を愉しむサディストの兆候は見られず、交流を拒絶し完全なる支配を望み、見捨てられ不安により「去られるなら死んでそばにいてほしい」願いを抱えていた。脳に酸を注入する「ゾンビ」化計画や食人行為すら「被害者と永遠に共にあること」が目的だったと言われている。
 だからこそ、ダーマーは人を惹きつけるのだ。犯行は凶行と言うほかないが、人さみしい気持ち、自己嫌悪、不器用でうまくいかないコンプレックスは共感を集めやすい。ファンといえば「イケメンにわく女子」のイメージがよく挙げられるものの、孤独と闇に共感を示す男性支持者も多い。
 入念なリサーチにもとづいて構成された『ダーマー』は、こうした加害者の特性をうまく捉えていた。では、何が変えられたのかを辿ってみよう。

生い立ち

現実のダーマー少年は友達との散策で遺体に興味を示した

 ダーマーは、凶行を両親の責任にしない姿勢が強かった。生育歴の定説はテレビドラマがおおまかにさらっているが、大きな違いとされるのは、父親のライオネルが動物の解体・解剖実践まで教えていないことだ。実際には、内気な息子が興味を示したから骨の保存方法を教えた程度らしい。
 筋肉質な男性の身体に惹かれていたダーマーにとって、人生最初の暴力的空想は近所のランナーに対してだった。TVドラマと異なり、現実ではバットを持ちながら対面しなかったという。

連続殺人

 18歳のころ、最初の殺人は衝動的なものだった。被害者のスティーヴン・ヒックスは異性愛者だったが、キスされたかは確認できなかった。
 『ダーマー』と異なり、後日、父親に犯行を相談しようとした報告もなされていない。すでにアルコール依存症であったため、まともに通学も勤務もできなかった。働いていたのは肉屋ではなくフロリダのサンドイッチ店。献血センターの場合、血液は持って帰らず、職場の屋上で口に含んで吐き出した。

死体性愛の代替をマネキンに求めたが、満たされなかったという

 ダーマーは9年間殺害をせず、元教師の祖母と保守的(同性愛否定的)なプロテスタント教会に通って性衝動を抑えていたが、図書館で男性から性行為に誘われたことが転機となる。チョコレート工場で夜勤をはじめ、独り立ちしてゲイクラブに通った。
 第二の被害者スティーヴン・トゥオミの殺害は、アルコール依存症のダーマーが泥酔中に起こった。ここから、彼の性的衝動が制御不能になっていく。ただし、祖母は番組のように被害者と交流していなかった(孫の逮捕後には、犯行内容を聞くことを拒否した)。
 頭蓋骨に塩酸を流す凶行は、少年以外にも行われていた。そのうちの一人であったトニー・ヒューズとの「交際」に関しては、情報が定かではない。彼の友人や家族は、1年以上被害者と加害者が知り合いでデートもしていたと語っている。交友を否定したダーマーにしても、トニーはやさしかったとして「人の愛し方を知っていれば彼を愛していただろう」と語った。
 逮捕のきっかけとなったトレイシー・エドワーズは、自身は異性愛者だと証言し、出会いの場もゲイクラブではなくショッピングモールだった(この変更は承認を得ていないなら問題だろう)。

アパートの住人

 『ダーマー』の大胆な変更はオックスフォード・アパートメントだ。貧しいアフリカ系とアジア系が多い地区の同住居において唯一の白人だったダーマーは、それなりに信頼されていた。前の部屋に住んでいた黒人夫妻は、彼と友好的な関係を結び、よくサンドイッチをもらっていたことから、事件後「人肉を食べさせられたいたのかもしれない」と恐れた。ダーマーに殺人鬼の疑いを持っていた住人もおそらく確認されていない。騒音は音楽の場合が多く、物音はDIY、異臭は尿だと見なされていたという。また、殺害されたアパート住人もおそらく未確認である。事件後、住民は引っ越しを求め、アパートは取り壊された。

グレンダは事件後も同じ地区に住み続けた

 『ダーマー』第二の主人公であったグレンダは、アパートではなく近隣の建物の住人で、ダーマーと相対したことはない。ラテン少年逃走現場にいあわせた10代の娘と姪から事情を聞き、市警に通報したが解決済みと返答され、FBIからは管轄外だと断られた。

警察と社会背景

 『ダーマー』で重視される警察の問題は、現実でも大きな批判を浴びた。児童性虐待の仮釈放中だった犯罪者による連続殺人を防げなかったためだ。保護観察は機能していなかったという。初期の浴場における薬物投与の通報も軽視されていた。男性の性虐待被害者の存在そのものが認識されにくい時代だった。
 誤解を呼ぶ描写も散見される。最初の児童性虐待の裁判において、被害者の移民一家が判事にあしらわれるような場面があるが、この家族は公判に出席していなかった。未遂に終わったロナウド・フラワーズの事件にしても、ダーマーへの取り調べ自体は行われていた。市警最大の失態である14歳少年に関しては、出血していたのは肛門であり、警察官が駆けつけたころには流血を目視できなかったらしい。さらに、クラックコカインが流通していた通りでは裸の男たちが絶叫していた。「安全な」アパートの部屋に場所を移すと、少年はみずからソファに座り、ダーマーが彼を撮影した写真を見せて恋人だと信頼させた。

現実のクラブ219は白人比率が高かった。ダーマーの好みは筋肉質で細身な黒人男性だったようだ

 1990年代ミルウォーキーのゲイコミュニティ事情も関係していた。ウィスコンシン州のHIV死者が10倍に膨れあがっていた時期だったため、男性ゲイの行方不明者は日常茶飯事とされていた。さらに、セクシャリティ露見による失職・家庭崩壊などのおそれにより、集団規模で警察・通報忌避の向きが強かった。捜索に励んでいたトニーの友人は、ゲイクラブに警察を同伴させた結果、反感を買って追放され、引っ越すまでに至っている。逃走できたトレイシーにしても、警察に頼んだのは手錠をはずすことだけだった。この手錠が警察のものでないと発覚した結果、捜査が行われ、ポロライド発見により逮捕に至った。頭部などが保存されていた冷蔵庫を目にした警官はトラウマをわずらい退職した。

警察官のうち一人は2005年にミルウォーキー警察協会の会長をつとめて反発を受けた

 少年を保護しなかった警察官二人が年間最優秀として表彰されたシーンは誤り。現実には反対運動によって解雇され、復職のために提訴した。また、劇中、ラオス系被害者家族への脅迫電話をこの二人が行ったように映されるが、キャストは異なっており、事実確認もされていない。当時は反警察運動と警察支持運動の両方が行われていたらしい。

法廷と監獄

 『ダーマー』法廷シーンでの遺族たちの言葉は、現実と一字一句同じ。一方、彼らを直視したがらなかったダーマーは眼鏡をかけていなかった。主に争われたのは、ダーマーが精神疾患による心神喪失状態であったか、それとも正気な上での犯行だったか。陪審員は後者の判決を下した。
 刑務所では、刺傷事件より洗礼が先で、担当牧師は白人だった。孤独な独房に絶えきれなくなったダーマーは、殺される危険性を認識しながら共同スペースへ移った。彼を殺害した囚人は百万歳の神の子を自称していた。死後、父ライオネルが脳解剖を阻止した一因には信仰があった。

作家の信条

 TVドラマ『ダーマー』の結論は、殺人鬼になった理由などわからないということだ。オリジナル脚色により、番組版ダーマーの感情的つながりのルーツは父親との解剖とされている。「脳は不思議」だから面白いと教えたライオネルは、最後、息子の脳を燃やすことを選択し、解剖を防ぐ。
 大胆な脚色はほとんど人種差別問題と警察批判にさかれているが、主人公まわりで強調されるのは、三つの問題である。「父親・キリスト教・男性同性愛」。これらは、旧作『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』からつづくライアン・マーフィーの作家性とも言える。同時に、事件関係者からの抗議もパターン化してきている。
 マーフィー自身は、トニー・ヒューズを描いた第6話「声なき者」を誇りとしている。「埋もれた歴史の再話」の信条を曲げる気はないようだ。

私のキャリアの鉄則:具体的であればあるほど普遍性を帯びる。くわえて、ゲイの物語は必ずしもハッピーでなくていい。(同性愛者が殺害されていくドラマをLGBTQジャンルに分類するのは不謹慎だとする炎上騒動を受けた)Netflixが『ダーマー』からLGBTQタグをはずしたとき、腹に据えかねて理由を聞いたら説明されたんだ。「人々の怒りを買っている。この作品は痛ましい物語だから」。だからこう返した。「まぁ、その通りだね」。それでも、『ダーマー』はゲイ男性の話だ。さらに重要なことは、その被害者のゲイたちの物語であることだ
(ライアン・マーフィー)

Ryan Murphy Is Having a Very Happy Halloween - The New York Times

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