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『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』S2E5-7 神が壊れたあと

 『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』シーズン2 5話〜7話「摂生」「市井の人々」「血の収穫」感想。平民と王族が混ざりあい、神話が焼き尽くされていく。

神のバーベキュー

 平民の世界がひろがっていく三話において、不評だったS1E9レイニス・ドラゴンピット問題についても明かされた。キングスランディングの民にとって、ドラゴンとは神なる生物なのだ。ゆえに、王族が操縦する竜が彼らを大量殺戮しても、天災として受け止められ、むしろ「祟りを呼んだ」としてエイゴンへの悪評に着地する。こうした価値観だからこそ、王都民を殺したばかりのメレイズが死ぬと「愛されてきた神」として悲しまれる……らしい。

 しかしながら、ドラゴン崇拝文化は戦争によって壊されていく。サー・クリストン・コールがメレイズの生首を晒し者にするプロパガンダ行軍を行ったことで、神も「ただの肉」だと知られてしまったのだ。食糧危機もはたらいて「俺等じゃなくてドラゴンが優先」と不満を抱かれるほど急速に信仰が瓦解していったよう。
 ドラゴンの権威の低下は、そのまま王権神授説への打撃となる。外部からの征服者として近親相姦の禁忌をくりかえすターガリエンとは、ドラゴンに乗れる「天上人」として例外主義を正当化してきた王族である。この特権思想の象徴として生きてきたデーモンも行きづまる。彼が「主人」として屈服させなければいけないリバーランドは、古き神々を信奉する土地柄だから、侵略一族が掲げるドラゴンパワーが通用しない。それどころか、デーモンこそが古き神々の魔法にのまれていく。

神授説の破壊と創生

母親の言葉「ターガリエンであることがすべて」をアイデンティティにしてきたジェイス

 もっとも怖いのは身内かもしれない。落し子として「違法な偽装相続人」扱いを受けてきたジェイス・ヴェラリオンは「天上人」神話の破壊に突破口を見出す。最大のドラゴンを失った黒装派が最高戦力デイモンにすら裏切られた場合、残される戦闘機は中型1匹、小型2匹のみである。それなら「純血」の王族のみが騎竜できるといった通説、いわば王権神授説プロパガンダを焼き尽くし、ほかの貴族を大型に乗せれば良い──。
 このリスキーなアイデアは母親によって悪化する。孤立するなか全肯定してくれるミサリアとべったりになったレイニラは、平民の利用価値を教えられてドラゴンシード計画の対象を拡張させた。これは、ジェイスの立場を悪化させる選択でもある。「違法な偽装相続人」である彼の担保とは、ドラゴンに乗れる「天上人」王族としての立場にあった。平民すら騎竜者になれるとしたら、神話は崩壊し、ジェイスが王位についたあともつづいていく反乱リスクがより悪化してしまう。前回書いたように、そもそも、法や封建制より王権神授説を頼りにしていたのは黒派のほうなのだ。
 もうひとつ留意したいのは、ターガリエン・プロパガンダが平和に効果的だったことだ。大量破壊兵器ドラゴンに乗れる存在が王族だけなら反乱は抑止される。近親相姦の伝統にしても、ドラゴンとむすばれる魔法消失リスクの防止にくわえて、最大兵器を家の外に出さないためにある。しかし、S1中、王位継承されなかった騎竜者レイニスが外へ嫁に行ったこと、彼女の娘とヴィセーリスが再婚しなかったことにより、ドラゴン戦力がヴェラリオンとハイタワーの二家にいきわたり戦争可能な状況が成立してしまった。では、さらにドラゴンが分散するなら、ウェスタロスは一体どうなってしまうのだろう?

涙を流したあと天命を確信する絶妙な笑顔

 莫大なリスクをレイニラがなぜ犯したかと言うと、おそらく、自分のみを「天上人」とするあらたな神授説に傾倒しているからだ。味方をなくしていった彼女がすがるのは、父の承認、それを介した氷と炎の予言である。この予言こそ、レイニラとエイゴン二世、そしてデイモンとをわかつものでもある。彼女は、ウェスタロスの危機を救う「選ばれし王子」を自分だと信じているからこそ、どんな危険でも神が味方してくれると信じ込んだのではないか(古代ヴァリリア語での「王子」は性別を問わない)。信仰を持っていなかったにもかかわらず、今シーズンから神について連呼するようになり、ヴァリリア伝統主義的な装いへと変わり、(自分こそが食糧危機で王都民を苦しめた立場なのに)ドラゴンシードを騙すようなプロパガンダを行い、制作者の言うところの「カルト宗教」を結成し彼らの逃げ場をふさいで多くを犠牲にする「儀式」を敢行した。まぁもちろん『ゲーム・オブ・スローンズ』視聴者なら、あの予言がどんな結末をたどるか知っているのだが……。

被差別の鎧

父親にネグレクトされてきたエイゴンは、ターガリエン性を拒絶するため髪を切っていたが、ドラゴンに焼かれたことで晩年の父親のような容貌になってしまう

 もとをたどれば、ターガリエン神授説にもっともかなう存在は、エイゴン二世だった。王位継承者の正当性のすべてを持つ銀髪の長男で、王都にとどまり妹と結婚して「正当な」世継ぎもいて、史上もっとも美しいドラゴンに乗っていて、義姉夫婦と異なりほかの領主たちの統治リスクになる違法行為を犯していなかった。だからこそ産まれたときから暗殺リスクを負っていたのだし、諸侯たちからかつぎあげられて望まぬ玉座を強いられたのだ。そんな彼は、戴冠してすぐ「天上人」の頂点からヒエラルキーの底辺へと堕ちてしまう。男性の闘志が問われる貴族社会において、焼けただれた身体障害者になっていまったのだ。

エイゴンを操ろうとするなか、感極まって涙するラリス

 踏んだり蹴ったりなエイゴンの理解者となるのがラリス・ストロングである。摂生王子エイモンドを懐柔できなかったからすり寄った策略なのだろうが、そのなかに本音もあったはずだ。彼は障害者がどのような扱いを受けていくかを識っている。人々から見下される被差別性を武器にせよという教えは『ゲーム・オブ・スローンズ』のティリオン・ラニスターのようでもある。
 ユーモアを担う存在として制作者よりティリオンと重ねられたエイゴンだが、根本的に似ているのはラリスであるはずだ。兄の殺害も厭わぬ弟としてエイモンド、女王に接近した噂の達人としてリトルフィンガーとの共通点も持っているのだが……ティリオンもラリスも、母親の命を奪うかたちで産まれた身体障害者の「忌み子」で、周囲から疎まれつづけた結果、己の価値を証明するため知略を磨いた。ねじまがった足を持っていて、王の手の次男であり、兄は将来の王の秘密の父親である。S3E6の語りは、ティリオンが同じ被差別マイノリティとみなしたジョン・スノウに授けた智慧のリファレンスのようだ。

「自分の立場を忘れるな。偏見は無くならない。だからそれを強みにしろ。そうすれば弱点じゃなくなる。鎧のように纏えば傷つかなくなる」
「私は自分の長所と短所を現実的に把握している。精神が私の武器だ。兄は剣を、王はハンマーを持っているが、私には心がある……」
ティリオン・ラニスター

 ラリスの教えはよりハードだ。ジョン・スノウとちがって、エイゴンはもう健康な肉体を持っていない。隣人のサポートもなく、戦況も味方しておらず、残るは本人の智慧と根気だけ。逆に言えば、あとは上がるだけだ。じつはもうひとつ、『ゲーム・オブ・スローンズ』に似ているシーンがある。歩けなくなったブラン・スタークと三つ目の鴉の対話である。

「もう一度歩けるようにしてくれる?」
「君はもう歩けない。だが、飛び立てるだろう」

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