『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』を整理する①政治編
『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』シーズン1が終了したが、『ゲーム・オブ・スローンズ』と比べると脚本評価は劣っている。特に混乱を呼んだのが少女〜大人編のタイムジャンプ。「何故アリセントはあんなに怒っているのか」「レイニラは玉座を欲しがっているのか」、主人公二人の言動変化がよくわからなくなっている。
おそらく時間≒予算制約による欠陥だが、それでも、本編中「におわせ」程度だった政治状況を考えればわかりやすくなる。
崩壊した継承システム
本作のダンス=内戦は、長らく積み重なったターガリエン王朝の機能不全の結果であるため、登場人物に決定的な戦犯はいない。しかし、ショーランナーが語ったように、あえて挙げるなら「政治犯」オットー、そして「内戦を防げる立場だったのに政治的にも家庭的にも状況を悪化させた」ヴィセーリスである。
『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の内戦は継承問題に発する。以下、TV版の相続指名の方向性。
征服者エイゴン:長男主義/女性長子でなく長男がまさる
ヴィセーリス:男性親族主義/王の長男の女性長子よりも王の次男の長男がまさる
レイニラ:長子主義/王の弟よりも女性長子がまさる
王位継承に厳密な法はないが、先例は参照される。そうするとレイニラ指名は「ルールの破綻」。近親男性ゆえに女性長子(レイニス)にまさったTV版ヴィセーリスは、相続人に近親男性(デイモン)ではなく女性長子(レイニラ)を指名することで自らの戴冠資格を否定するような構図をつくった。
問題なのは、七(六)王国が封建制であること。王位継承にも諸侯支持がいる。オットー案のレイニラ指名が通ったのは、殺戮者デイモンが王になることを貴族たちが忌避したため。ep1の約70年前、先々代メイゴル・ターガリエン王が領域を血まみれにした過去があるので、大勢が殺戮王リスクを恐れていた。
文化衝突と貴族たちの政局
しかしながら、ヴィセーリスに長男が産まれると話がちがってくる。先例にもとづけば、相続人は自動的にエイゴンになるのである。ジェイスン・ラニスターが当然のように「エイゴンが世継ぎ」と考えていたのはそのため。ファンまとめによると、ウェスタロス、王朝(大評議会法)、王基準の継承順位は以下のようになる。
ウェスタロス法:1エイゴン 2エイゴン長男 3エイゴン次男 4エイモンド 5ダエロン=アリセント三男 6レイニラ(落とし子継承偽装の大反逆罪が確定した場合除外)
ターガリエン王朝の大評議会法:1エイゴン 2エイゴン長男〜6デイモン7デイモン長男(女性は乗らず)
ヴィセーリスの意思:1レイニラ 2レイニラ長男〜7エイゴン
前提として、外からの支配者たるターガリエンによる統治は、ウェスタロス文化との調和が重要である(先代ジェフェアリーズ王はこれに成功し『GoT』デナーリスは苦労した)。ヴァリリアの一夫多妻制や近親相姦、奴隷制は、アンダル主体文化では御法度。この文化衝突を象徴するのが、王女レイニラ↔信仰と叡智をになう最古の街オールドタウン出身のアリセント(違いを尊重しあっていた友人関係に亀裂が入ると、王女は面前で「妻としての人生」を嘲笑し、王妃は近親相姦文化を侮蔑する)。
封建制の均衡を考えると、前例なきヴィセーリスのレイニラ指名は急進的かつ絶対王政的で、慣習法にそむいている。つまり、黒装派vs翠装派の戴冠論とは「王の声が法」vs「王も法に縛られるべき」構図になる。またはターガリエン例外主義vsウェスタロス法治主義。
ただし、重要なのは、『氷と炎の歌』シリーズの継承争いとは「理屈の利用」であること。ジョージ・R・R・マーティンが語ったように、政治関係者が己の利益のために「継承の論理」を武器化して争うのが本シリーズの政治観である。
そのため、ヴィセーリスがレイニラ戴冠のためにやるべきは「反対派に利用されうる"可能性"をつぶすこと」。具体的には、先代ジェへアリーズのような継承システムの起草(「長子or王の指名」ルール変更や「特例」指定)、レイニラ継承路線の周知。なにより、諸侯離反をふせぐ同盟強化と政治調整である。六王国にとって、レイニラ継承は混乱リスクがつきまとう。長男相続路線で運用していた家で長女がレイニラ戴冠を「利用」して継承争いを起こした場合、一族どころか支配領域すらカオスに陥りかねない。
要するに、王が女性指名後に男児を産ませた時点で継承戦政局の土壌ができていた……のだが、ヴィセーリスはなにもやらなかった。そもそも同盟政治を本気で気にかけていたなら、鬱憤をためるヴェラリオンをコケにしてハイタワー次男の娘と急な再婚をしない(ハイタワーは強力な家だが、次男だと領域継承されない)。
解決策は友情
ヴィセーリスがなにもしなくても、TV版には簡単な内戦防止策があった。王女と王妃の結託である。二人の意思に関係なく継承戦政局ができる状況だが、結局、重要なのはドラゴン戦力。アリセントの子どもたちがレイニラ派なら反対派の勝機がつぶれる。
わかれめとなったのがep4〜5の処女問題。現代視点ではくだらないミソジニーだが、ウェスタロスでは花嫁の純潔が重要視される。政略婚とは同盟関係の要であるから、婚外子は大反逆罪、その可能性を孕む非処女も大問題。噂がひろまれば王位継承者すら結婚の道が閉ざされるレベルで、普通なら相続指名撤回との説もある。
だからアリセントがあんなに心配して詰問したわけだが、ポイントはレイニラも問題を認知していたことである(「反逆罪」という言葉を使う)。彼女はその上で「母親の思い出」というデリケートすぎる誓いをつかって嘘をついた。
アリセントは、それまでの三年間、拒絶してきた親友の幸せな結婚のためにツアー企画をしたり、王や父親、年長貴族相手に反論していたりもしていた。王女を嫌いエイゴン戴冠を信じている貴族と話していれば継承戦の可能性も感じただろう。そうして娼館イベントが起こった際、親友を擁護したら、仕事として事実を話したオットーが解雇され、その父親に「レイニラが子を殺す」パラノイアを植えつけられ、孤立無援状態に目をつけたラリスが真相に気づかせて終了。ここで重要なのは、処女問題よりも、アリセントが「レイニラを信用できない嘘つきと判断したこと」である。
(懐かしの『GoT』ジョフリー落とし子殺戮)
レイニラのような不安要素がつきまとう相続人にとって、過激かつ合理的な政治戦略は継承ライバル=義弟を暗殺することである。本人にその気がなくても周囲がうごく可能性はなくもなく、近くに「メイゴルの再来」と恐れられる殺戮者デイモンがいるなら尚さら。そのリスクにさらされるアリセントが親友を信用できなくなったのなら「女王」として子どもの命を守る方向にいく……というのが翠のドレス。あの披露宴でレイニラを「義娘」と呼んだのはその宣告だろう。
もちろん、もとを正せば友情の崩壊は魔の再婚。レイニラはあの時点でアリセントを嘘つき認定してたのかもしれない。オットー解雇騒動にしても、大人であり夫であるヴィセーリスがきちんと妻に話すべきだった(披露宴でアリセントが彼にも怒っているのは、王親子二人に騙されたと受け止めたから)。第二弾で書くけど、レイニラが「嘘」を武器化するようになったのも、娘ときちんと対話しなかった父親からの影響である。
落し子が決定打(だったのかもしれない)
余談……というかもはやファンフィクなのだが、よりわかりやすかったであろうプロットは、主人公二人の決裂をジェイス誕生に置くこと。同盟関係で統治を維持しているウェスタロスにおいて、それを毀損する「落とし子継承者偽装」は大反逆罪である。子どもと愛人どころか王位継承者すら極刑級。仮にレイニラ戴冠がスムーズに成立したとしても、あからさまな落とし子であるジェイスを相続人にした場合、子ども世代で継承戦勃発のリスクがある。それはそのままアリセントの息子たちの危機を意味する。
それだけの大事なのだから、ジェイス誕生後、アリセントがレイニラに話をしにいく機会ができる。軋轢あれど、前者は元親友を心配してるし、後者は助けてほしさがある心情バランス。しかし発するべき言葉をまちがえてすれ違い、互いのNGワードを連発していく。そうするうちにアリセントが法律や規範をもちだして言うことを聞かせようとし、レイニラが「ドラゴンは誰からの指図も受けない」と優生主義的にはねのける。アリセントは幼なじみが子を殺しうる人間だと確信し、レイニラは幼なじみのことを権力欲に満ちた政敵と判断する。
こうすれば、黒翠の例外主義vs法治主義が浮かびあがる。なにより、主人公たちにとっては、人生の聖域だった友情が壊れたトラウマになる。傷が深いからこそ、決裂要因となったイデオロギーに固執していく。10年のうちにレイニラは越権的で無責任な自己実現に走り、息子を守るための義務的政治すらやらなくなる。アリセントは本心をかえりみず義務と不安にとらわれ、それを子どもに押しつけるようになる。
ということで、次回は泥沼の大人編。
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