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『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』S2E1 リアルか弱さか

 2年ぶりにカムバックしたファンタジー大作『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』(U-NEXT配信)S2E1「息子には息子を(A Son for a Son)」……なのだが、新シーズン早々原作変更で議論つづきだ。 

ちらばるオリジナル展開

クレイガンのS2登場はこれのみとのこと

 S2スタートはファン大喜びのウィンターフェルだが、カットも多かった。ジョージ・R・R・マーティンによる原作『血と炎』は歴史書のていをなしていて、複数の証言がまとめられた信頼できないプロパガンダとなっている。このうちの一説が禁断の恋。ベイラ・ヴェラリオンと婚約しているジェイス王子がスターク家の「野蛮な」落し子サラ・スノウに一目惚れして初夜を過ごしたことで領主クリーガンを激怒させ、あらたに婚約の契を結ぶことになる……『ゲーム・オブ・スローンズ』ロブ・スタークおよびジョン・スノウとかさなる話だし、落とし子コンプレックスの強いジェイスが同じ婚外子に惹かれるアークになりそうなものだったのだが、男子二人の絆もろともカットされたようだ。
 シーズン2は前回から10日後に設定されている。ルーク殺害の報を受けたレイニラ・ターガリエンはずっと次男を捜索していたのだ。このエピソードで彼女は一言しか発さない。"I want Aemond Targaryen"。原作だとレイニラがエイモンド暗殺計画に参加したか不明とされているが、このセリフには対象の首を欲するニュアンスもあるから、命令をくだしたかたちとなる。

アリセントが力を失うと、ラリスは身をかがませるのをやめて背筋を立てて上から話すようになる。「弱々しい身体障害者」として接する相手になるのはエイゴン王

 翠装派にもオリジナル展開がめぐらされる。まず、王太后および未亡人となったアリセント・ハイタワーは、小評議会での権力を弱め、クリストン・コールとの情事に走っている。映されるプレイはオーラルと騎乗位だから、かつてのレイニラと同じく王政で軽んじられるなか聖騎士と女性上位プレイに浸っていることになる。なにせアリセントは女性ふくめた全員を信用できない。侍女にスパイが混じっていたからラリス・ストロングに一掃させたら、今度はすべての従者にラリスの手先疑惑がまとわりついてしまっている。視聴者にも同様の効果がはたらく。今回起きたおそろしい出来事の犯人たちが容易に城を闊歩できたのは、三つ目疑惑のあるラリスが「許容」していたからなのだろうか?

選択の余地なきソフィー

 今回もっとも物議を醸す脚色は惨事にほかならない。ブラッド&チーズは原作シリーズ全体でもっとも残酷な事件として語り継がれてきたものだ。これが結構変えられていた。
 原作版ブラッド&チーズ事件とは、いわば「ソフィーの選択」。義理の息子を殺されたデイモンはミサリアを通して二人を雇う。片方のブラッドは娼婦を殴り殺してシティウォッチを解雇された彼の友人である。王宮のセキュリティが厳しかったため、侵入先は警備手薄な手の塔となった。事件現場はアリセントの部屋で、まず彼女に猿轡をかまして侍女たちを殺し、毎晩挨拶にきていた娘親子を待ち伏せた。原作ヘレイナの子どもは三人で、うち息子が二人。暴漢から「どちらの息子が殺されるのか選べ」と強要された彼女は己の身を差し出すが、娘を強姦すると脅された結果、まだ幼い、そして王位継承者ではない次男を選ぶ。チーズは次男に向かって「ママはお前に死んでほしいんだって」と笑うと、サプライズとしてブラッドが長男を斬首し逃走する。

S1E7からの繰り返し:追悼の夜における禁断の性交、警備不備、残酷な目に遭わされた男児

 TV版だと、暗殺交渉を主導するのはデイモンで、堂々敵陣の本拠地に入ってしまう。のちのちブラッドが「息子には息子」とこぼすから、エイモンド殺害が無理ならほかの王子を狙えと命じたのもデイモンだろう。雇われ暗殺者二人の行動は行き当たりばったりだ。TV版ヘレイナが自閉症傾向のある夢見なのもあり、原作のイメージほどドラマティックではない。差し出すのは自分ではなく高価な首飾り。なにより息子が一人しかいないから「ソフィーの選択」はなくなった。演者フィア・サバンが「あそこで正直になるしかなかった」と説いたように、嘘をついたら息子と娘二人とも殺されるのがオチだった。こうして到来することになったオチがサプライズ濡れ場。密会なのに鍵もかけていないコメディ感……。

無能の罪

「ブラッドとチーズは、ものごとの制御を失い、選択肢がなくなっていって、幼児を殺害せざるを得なくなった。TV版の事件は、無能さゆえの犯罪だ。本との違いはここでしょうね。あの二人はまったくもって無能な暗殺者だった」
ブラッド役サム・C・ウィルソン

Inside House of the Dragon's Blood and Cheese scene (exclusive), EW

 ショーランナーのライアン・コンダルによると、残虐性を下げた理由がふたつある。まず、幼い子役に暴力的な場面の演技をさせるのは規則面で難しい(米組合ストライキ回避のためか、今シーズンの制作は英国組合へ移った)。そして制作陣は世界観のリアリティを重視した。ブラッドとチーズはプロの暗殺者ではない……まぁ、色々ひねくりだすなら、原作版の物語は警備管理を怠ったクリストンの失態隠蔽のためのでまかせだとも解釈も可能で、TV版だと濡れ場失態を両者の罪悪感、翠派の関係悪化のドラマに波及させることができる。王の子が娘だけとなると、エイモンドとの継承戦の土壌にもなりうるだろう。
 翻案の是非をくだすには時期尚早だ。ただ、こうした脚色郡によって、予期せぬ事故、いわば「無能さゆえの犯罪」、あるいは無能であることの罪が連続しすぎな感もある。制作陣から「リアリティ」と呈される原作変更を「人気キャラに悪事を犯させたがらない弱さ」だとするファンや批評家も少なくない。ちょっとユニークに感じるのは、こうしたリアルと弱さの天秤が本編に似ていることだ。冒頭、敵陣にかちこみたいデイモンは「10日間なにもしないレイニラは女王としての責を果たしていない」「捜索中の彼女がヴァーガーと遭遇したら終わり」だと苛立つ。これにレイニスが母なる人情をもって「遭遇したらエイモンドに同情する」と反発する。人としてはレイニスたるべきだが、軍事としてはデイモンに正しいところもあるのではないか。彼の言う通り戦闘経験豊富な超巨大ドラゴンにサイラックスが勝てる見込みは限りなく低い。もし大将がやられたらほかの息子たちの命も一気に危うくなるだろう。リーダーであるはずのレイニラはこのエピソードで一言しか喋らない。10日にわたる捜索を終えて拠点に戻り復讐を宣言すると、また会議から去ってしまうのだ。敵派閥最大戦力の暗殺計画は製作陣から「現実的な戦略」と表現されているのだが……今回もっともスマートな脚色は、神々しく悲痛な演技と演出を駆使することで、原作で悪評を買っていた女王の欠勤を悪目立ちさせなかったことだろう。あの状況で槍玉にあげるのは心苦しいが、シーズン1からずっとこうだからあえて言ってしまおう。主人公のうごきは、統治者として現実的なのか、それとも弱さのあらわれなのか?

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