「昭和プロレス正史」 斎藤文彦
上下巻あわせて1000ページを超える力作。
「昭和のプロレス史の分析と解体」をテーマとして、歴史家としての偉大な先達(プロレス記者)たちの記述を「ナラティブ」と称して引用することを中心とした書物。
田鶴浜弘、鈴木庄一、櫻井康雄といった方々の名調子には、プロレス記者としての矜持が感じられる一方で、虚構の世界を当たり前のように現実的に記載していることに対する違和感がやはり感じられる。それは子供の頃から、僕の心のどこかに巣くってどうしようもなかった感情である。
そんな中で、下巻に登場するI編集長の文章の引用には、やはり、まさに「底が丸見えの底なし沼」を表現する独特の世界が現れており、あらためてこの人の出現が「活字プロレス」という一大ジャンルを作り上げたのだということを分からせてくれる。この人の存在が、中学校以降の、プロレスファンとしての僕の心の支えであったのである。
しかし、この本で一番おもしろいのはこれらの引用でなく、斎藤氏が一介のプロレスマニアから記者となっているくだりの中での、山本隆司記者(ターザン山本になる前の、輝いていた山本氏)とのやりとりである。
特に初めて斎藤氏が山本氏に連れられて山田隆氏に会う時のエピソードには、当時の、プロレス記者山本隆司のカミソリのような魅力が凝縮されている。
さんざん山田氏から情報を得た後にぼそっと呟く、
「ジャイアント馬場さんにゴマすることにすべての才能を使い果たしたオッサン」
という言葉は、その後のターザン山本の歩んだ道を思えば、感慨深いセリフである。
どっちかというと「純プロレス」系のライターである斎藤文彦さんの本をこれまであまり読んでなかったのだけれど、あらためないといけないと思った。