im u,u r me.

綺麗に閉じられた瞼から延びる睫に見とれていると
うつむいていた可愛らしい丸い頭が起きあがる。
同時に瞼はゆっくり開かれ、真っ白な白目、艶のある黒目がおれを捉える。
一瞬、殺人的な視線に感じた。


「おまえ、寝てないの?」
「うん、寝てない。っていうか、寝れなかった」


いつもは柔らかく笑う彼だが、最近は時々、氷より冷たい表情でいるときがある。
だからおれは心配で、眠れなかった。ヒョンが、違うどこかへ、おれの知らないどこかへ行ってしまう錯覚がして。


「寝ないと、このまま飛行機乗って、チリに入るんだから、しんどいんだぞ。」
ツアー中のフライト。珍しく最もらしい事を言ってくる。最近、今までになかった落ち着き、気づき、表情、そんなものが著しく顔をのぞかせてくる気がして、気が散る。
今までのヒョンはどこに行ったんだよ。これがただ、成長、大人になったって事なのか?


「わかってるよ。後で寝る」


おれは少しいら立って、軽く言葉尻を荒げた。
ヒョンはそれを感じ取ったようだったが、何も言わなかった。
そういうところが、いら立つのに。
今までだったら、柔い唇を突き出して、文句を言っていたはずだ。
おれはそれで楽しくなって、その唇を喜んで塞いでいたし、ヒョンはそれで機嫌を直していた。

いつから、おれの知らないヒョンになったんだろう。
そもそも、ヒョンが変わったのか、おれが変わったのか、わからない。
しかしおれたちの間には、以前とは違う、冷たい空気が流れていた。
それでも愛し合っていた。今までと変わらずに。

ヒョン。ヒョン、どこへ行くの?

また、瞼を閉じて眠ろうとしていたヒョンの腰を、ぐっと抱き寄せてみた。
ここは広い移動用のバンの中で、辺りは暗く、他のヒョンたちはほとんど眠っているが、彼の親友だけ身じろぎした。
ヒョンはびっくりした顔をしたすぐその後、眉間に皺を作って、やめろよ、みんないるだろ。という顔をした。
おれたちの関係は、おれたちしか知らない。まだ。

おれは構わずに腰を抱いたまま、首筋に顔を埋めた。
そこで深呼吸をした。ヒョンの肌のにおいが、肺いっぱいに広がり、
そのまま体中に巡っていった。生きている心地がした。
ほのかに甘い金木犀と、優しいカモミールのようなにおいがする。
ヒョンは、おれがやっと眠くなったと勘違いしたようで、そのおれを静かに受け入れていた。
おれはそれをいいことに、しばらく寝たふりを続けていた。


長時間のフライトのあいだは、おれたちもヒョンたちも席が離れていた。
やっとホテルに到着し、自分の部屋に入る。
カードキーを差し込んで重たい扉を開け、恐ろしいくらい整えられたベッドシーツ、均等に並べられたカップ、水滴一つないバスルーム、
そんな無機質で冷たい部屋が今は心地よく感じるほど、疲労していた。
おれは重たいカメラバッグとバックパックをずしんと床に置き、上着も脱がずにベッドへダイブした。
そのまま瞼を閉じ、「シャワーしないと…」という気持ちと相反して、どんどん瞼が重たくくっついていく。
夢の中へ転げ落ちそうになった時、部屋のベルが鳴った。

「なんだよ…」


どのヒョンだ、どうせマネージャーだろう。明日の事についてかな…いいか、一度目は無視しよう。そう決め込んで、ベルの音を聞きながらピクリとも動かなかった。
すると、まるで寝たふりをしている事を知っているように、激しくベルが連打された。
おれはここで気づいた。ああ、これは彼だ。
重たいからだを起こして、部屋のドアを開ける。


「なんで出ないんだよ。」


言いながらずけずけとおれの部屋に入ってくるヒョン。


「ヒョンこそ、疲れてないの?おれ、すっげー疲れたよ。」
「疲れた。だからジョングクのところに来た」


ああ、こういうところだ。おれが好きなところは。
ヒョンは早々にシャワーを済ませたようで、髪の毛は半分濡れたまま、バスローブを羽織って、ヒョンの気に入っているボディークリームのにおいがした。


「ヒョン、もうシャワーしたの?早いね。おれまだだから、ベッドで寝てていいよ」


濡れた髪を触りながら、すでにとろんとした目のヒョンを眠るように促す。
おれはソッコーでシャワーを浴びて、ベッドに沈むヒョンのもとに戻った。
とっくに眠ってしまっていると思っていたが、ヒョンは起きていた。


「ヒョン、起きてるの?」
「うん」
「眠くないの?」
「うん」


嘘だ。ほとんど瞼は閉じている。
とろけそうな瞼をゆっくり動かしているヒョンの横に腰かけて、冷えてしまっているヒョンの丸い頬を指の背で撫でた。
ひんやりとした体温を感じると同時に、しっとりと吸い付くような肌に、なぜか寂しさを感じた。
こんなにもヒョンはここにいるのに、こうして今日も、疲れた事を理由にここに来たのに、どうして遠くに感じるんだろう。


「ヒョン…最近、大人っぽくなったね」
「おれはもともとおとなだもん」
「そういう事じゃなくて、」
「なんだよ。うるさいな」
「な、なに。そういう風に言うの。」


急にとげのある温度で言い返され、戸惑うおれを見向きもしないヒョン。なんなんだ。


「おれがおとななのは元からだけど、おまえがいつまでも子供なんだろ。」
「おれが?」
「そうだよ。おまえが、ずっと子供なんだろ。いつも口だけで、言葉ばっかりで行動に移さないもん。おれの事期待だけさせておいて、なんにも動かないもん。」


堰を切ったように言葉を吐き出したヒョンの体は小さく震えていて、ため込んだ感情の弱さが伝わった。
おれの方をしっかりと見据えて、グッと睨んできた。きっと、おれたちの関係性の事だろう。恋人という関係になって短くはない。ただ、長男たちにも打ち明けられずにいた。もしかしたらとっくに感付いていて、知られているかもしれないけれど。
おれは、打ち明けたいという気持ちと同じくらい、かくしておきたいと感じているのも事実だった。
このヒョンはおれのもの、おれだけのもの。そうやって世界に知らしめたい衝動に駆られるときもあるが、同時に恐怖に襲われる。
そうして公表したら、どんな反応が返ってくるだろうか。
あまりにも酷い言葉で、続けざまにおれたちの愛を否定されたら…そんな感情にヒョンを齎したくなかった。


「おまえは…結局なにもしない。それだけなんだよ」


長い睫で瞳を隠してうつむく。おれのしている事は、やっぱり間違えていたんだろうか。

ヒョンが大人びてしまったのは、我慢を知ったせい。
ヒョンが大人びてしまったのは、感情を抑えたせい。
ヒョンが大人びてしまったのは、それに慣れたせい。

おれは結局、大切なものを守りながら壊していたんだ。

「ヒョン…おれ、」
「もういい。おまえなんて信じたおれが、バカだったんだ。おれ、ずっと待ってて。アホみたいにずっと待ってたんだ。でも、間違えてた」


やっとヒョンの顔を見たときにはすでにヒョンはぽろぽろと泣いていた。
なんだよ、おれだって。おれだって今すぐヒョンをおれのものにしたいよ。
それをみんなに認めて欲しいよ。おれだって、同じくらい苦しいよ。


「おれだって、おれだって、今も、この瞬間もヒョンはおれのものだって、言ってしまいたいよ。でもヒョンを傷付けたくないんだ。でもおれ、じゃあ、どうしたらいいかわからなかったんだよ」


言いながら我慢できずに涙がこぼれていた。
ヒョンはびっくりした顔をして、不思議なものを見るようにおれの顔を覗き込んだ。


「…おまえ、おれ…そんなのは、言われないとわかんない」
「ごめん」
「おれは、おまえとの愛を貶されたって、何を言われたって、大丈夫だ。ずっとそう考えてた。おまえは?だっておれたち、これ、おれたちだけだろ。おれたち二人だけの話なんだ。だったら何も怖くない。別に認めて欲しい、っておれは思わない。おれは、ただおまえがいればいい。でも、おまえ、何にも言わないし。何にもしないし、おれ、おまえが離れちゃうんだって思ったんだよ。」
おれの涙を優しく拭って見つめるヒョンは、やっぱり大人になってしまったようだ。
だけど今度は寂しくなんてなかった。

おれたちは、一番近くでお互いを求めておきながら、一番遠くで感じていたみたいだ。おれたちらしい。

「ヒョン…じゃあ、その時になったら、おれと結婚してくれる?」
「そういうのはその時になったらいうの」

おれの恋人は、子供のような大人な人だ。
冬に生まれた、春のような人。


i wish the happiness of two sweetie.


on 24 Jul 2020 by kimchaewon.

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