肘神様
キスをするとき、僕の右肘近くを左手でギュッと握る女の子がいた。
柔道の技をかける金メダリストのように僕の右肘を固定して、その子は自らの唇を差し出した。
早稲田大学の建物の裏でキスをしたときも、
丸の内のホテルのエレベーターの中でキスをしたときも(ただエレベーターに乗っただけ)、
女の子は僕の右肘をギュッと掴んだ。
肘を握られた右腕は、そのときどうしてたのだろう?
キスで体を近づけていたから、彼女の腰あたりに手を回していたんだと思う。
自信を持って断言できないのは、僕の意識が右肘に集中していたせいだ。
右肘あたりに残る彼女の指の感触が、貝殻のように記憶に突き刺さっているのだ。
と、ここまで書いて、土曜の昼頃に何を書いているのか、自分でも分からなくなってきた。
確かなことは、僕の右肘は今も僕の右肘であり続けていて、今でもキスをした女の子と結びついているということだ。
東京オリンピックの柔道の試合を見ていても、右肘ばかり目が行ってしまうんだよ。
試合後のインタビューで、金メダリストに僕ならこう訊ねるね。
「右肘の袖を掴まれたとき、どう感じましたか?」とね。
今後どこかで誰かが僕の右肘を握るだろう。
けどね、それはどこまで行っても偽物なんだ。
僕にとっては誰であっても偽物だ。
本物は、あのキスをした女の子だけなのだ。
それこそが真理なのだ。