見出し画像

アコースティックギター

アコースティックギターを弾いていたんです。
ギターを販売しているお店の前で、私がギターを弾くんです。
生演奏をすることで、ギターを習えばこんな風になれますよと宣伝になるんですね。
色んな局を弾きました。もちろんみんなが知っている曲を。

歌は無しのソロギターです。メロディーとコードを同時に弾くんですね。
普段はすぐに何人かの人が立ち止まって聴いてくれるんです。
中にはお金をくれようとする人もいました。
でもお金を受け取れません。
だって、これは無料の見世物であり、広告だからです。

ある日、同じようにギターを弾くバイトに出かけました。
その日は雪でも降るかのというくらい空気が冷たく、道行く人はとても足早でした。
私も全身防寒をしました。厚手のセーターに厚手のダウンコート。
ニットの帽子を耳まで被り、黒いストッキングを履いて、長めのブーツに膝丈のスカートでした。

ブラウンのアコースティックギターを足にのせてメロディーを奏でます。
でも、その日はいつまで経っても人は立ち止まって聴いてくれません。
ポケットに手をつっこんで足早にお店の前を通り過ぎていく。

私だけがお店の前に取り残されてしまったみたいに、1人でギターを弾いていました。
誰にも見られることなく、ただずっと孤独なままでした。

そろそろ夕暮れ近くなり、暗くなってきたので、あと一曲で切り上げることにしました。
最後の曲を弾こうと、ギターの弦に指をかけようとしたとき、1人の老人が私の前に立っていました。
ギターの弦に目をやっていたので、老人の気配に全く気が付きませんでした。

老人は私をじっと見つめ、私に向かってこう言いました。

ここから先は

903字

¥ 100

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?