※実話です※親の恩は子で送る、は実の親子だけの話じゃない
何事も、始めたばかりの頃というのは、緊張していて、準備も万全にして、終わった時にはすごく疲れてはいるけれど、予想外のハプニングやミスは起こらないものだ。
私が初めて出産したのは令和元年12月のこと。
娘がやっと気軽にお出かけできる月齢になった頃には、新型コロナウイルスが流行し、stay homeの日々。
在宅ワークだった夫は、いつも一緒に育児をしようとしてくれて、健診など最低限のお出かけの時も必ず2人で1人を連れていく。
それが、少し落ち着いて、夫が不在の日も増えて、私と娘は二人っきりで出かけることも多くなった。
最初の頃は、何度も持ち物をチェックして、30分以上の余裕をもって行動し、おむつ替えのできる場所も、授乳室も、すべてチェックしていた。
しかし、数か月経った私は、慣れが生じた中堅社員のように
『多目的トイレも授乳室も案外どこにでもある。大丈夫』
そんな自信をもって、ベビーカーを押しながら、ショッピングセンターでお散歩兼ウインドウショッピングを楽しんでいた。
楽しくて、自分のトイレのことを気にしていなかった為、多目的トイレを目指したときは、結構ギリギリだった。
ベビーカーに乗る娘とともに個室に入り、それを見て私は愕然としてしまった。
『多目的トイレが詰まっている!!!』
流すボタンは反応しない。
スタッフに伝えて修理を待っている余裕はない。
とりあえずそのまま個室を出た私は、娘を連れて近くの女性用トイレに向かったが、あいにくベビーカーのまま入れる大きな個室は無い。
仕方がないので、娘を抱き上げて、ベビーチェアの表示のある個室に入ると・・・・・・・・・・
『新型コロナウイルス感染対策の為、ベビーチェアが使用禁止!?!?』
がっちりテープで封鎖された椅子を見て、私はうなだれながら娘をベビーカーに座らせ直す。これだと、他のトイレもすべて同じだろう。
「…ベビーチェアダメだって。どうしようか?」
0歳児を育てていると、自分の状況を娘に常に話す癖がつく。まぁ、周りから見れば独り言を言っている人なのだけれど。
そんな私に、年配の女性が声を掛けてくれた。
「私がその子、見ていましょうか?」
一瞬、悩んだ。
見知らぬ人に、大事な一人娘を、トイレの間とはいえ見ててもらう?
犯罪に巻き込まれる危険があるのでは?
けれど、その人の顔を見て、私は
「すみません、お願いします」
と言って、空いている個室に入った。
外からは
「お母さん、トイレだから、少しだけおばちゃんと一緒に待っていようね」
そんな優しい声が聞こえてくる。
私は安心して、用を済ませることができた。
個室を出て、
「本当にありがとうございました。助かりました」
と、私は女性に深々と頭を下げた。
「いい子でしたよ。私も、十数年前は大変だったから。ばいばい」
声を掛けるのも、勇気がいったはずなのに、本当に必要な助けだけを与えて、まだ話すこともできない娘に挨拶をして、笑顔で去っていく彼女は、すごく大きくて、暖かくて、かっこよくて、美しくて、素敵だった。
十数年前、小さな赤ちゃんを連れてのお出かけは今よりもっともっと大変だっただろう。
おむつ替えの場所も、授乳の場所も、ミルクならお湯をくれる所も、親と子供がゆっくり休める場所も、少なかっただろう。
きっと、あの人は今日の私と同じように、困ったことがあったんだろう。
そして、誰かに助けてもらって、今、私を助けてくれた。
名前も知らない。
もう、会うこともないだろう。
だから、私は、もうベビーカーを押していない未来で、困っている誰かをきっと助けたいと思う。