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ピッツァを食べに、ナポリ

 ナポリは1泊しかしていない。以前の印象やいろいろな情報で治安が悪いというのはわかっていたし、目当てはひとつしかなかったから、そこまで時間をかける必要もないと思った。
 しかし終えてみるともう1泊したかったな。

 目当てはナポリピッツァの名店、ダ ミケーレ。
 以前行って、ローマのカルボナーラやティラミスとともにイタリアで美味しくて驚いた料理スリートップのうちのひとつ。
 たまたまだけど、今では世界に10店舗以上支店をもつミケーレの海外進出最初の店舗が東京は恵比寿にある。それも12年前、私が現地で食べた約1ヶ月後にオープンしていた。もちろん恵比寿にも食べに行った。当然ながら美味しいんだけれど、現地のお店を知っているからこそのギャップもいくつかあった。
 まずお店の雰囲気が全く違って、恵比寿店は「さすが恵比寿」と言わざるを得ない洒落た内装、雰囲気で、初めて行ったのがリクルートスーツを着ていた頃だったからあまりリラックスできなかったのを覚えている。ナポリ店はただの大衆食堂、間接照明はもちろんBGMもなくて、安っぽいテーブルと椅子が所狭しと並べられているだけ。メニューも異なり、恵比店はマルゲリータとマリナーラの他に数種類のピッツァが並び、前菜もいくつか。ナポリ店はマルゲリータとマリナーラの2種のみ。前菜はない。今回行ってみるとピッツァは2種のほかにその2種のハーフアンドハーフもあった。価格は恵比寿店が3倍くらい。これだけ違えば味もやっぱり違うと思ってしまうのだ。それはもう「私は現地で食べたから知ってるぞ」という上から目線のようなものもあっただろうし、雰囲気や価格によるギャップですでに感覚が狂っていたともいえる。今回は改めて、ダ ミケーレ以外の様々なマルゲリータも食べてきた経験も総動員して、今の自分はどう感じるのか、興味深かった。
 昼頃にローマからナポリに到着したので、宿に荷物を置いてからその足ですぐに向かった。14時頃だったと思う。昼食のピーク時間から少しズレたおかげか、お店の外には数組が待つのみだった。あああああ、この光景だ、懐かしい。これだ。外に人が群がっていてもまずは無視して店内に入って番号札をもらって、再び外で待つ。出入り口の扉の横に番号の電子表示がされるので、その順番に呼ばれて中に入る仕組み。謎にそこだけ電子機器を用いているのが面白い。そういえば前回行った時はひとりだったから、番号札をもらうまでもなく相席ですぐ入れたな。

次は整理券27番


 10分ほど外で待って順番が回ってきたので中にはいる。席間隔はとても狭い。スタッフがその間を縫うように忙しなく行き来して、でっかいピッツァをサーブしたりテーブルをセッティングしたりしている。私はマルゲリータ、ツレはハーフアンドハーフのもの。しばし待って、でっかいピッツァが運ばれてきた。形ももはや円というより楕円。ツレのは楕円でもなく角が生えたように尖っていた。

この大きさで5.5 €

 ナイフとフォークで切って切って、口に運ぶ。うーん、やっぱりうまいのだ。うまい。もはや客観的な判断などできない。イタリアのナポリで、本場本店ピッツェリアで食べるマルゲリータと、東京恵比寿の洒落たお店で食べるマルゲリータで、味を等しく感じられるはずもない。私の口や五感は機械ではないから、ピッツァの風味のみを公正公平には判定できない。せめて同時に、交互に口に運んで比較できるならまだしも。
 でも一応客観的にこの違いを味覚で感じようと努めると、風味の広がりが違うのではないか、と思う。恵比寿店はあくまで同じものをイタリアから空輸しているらしいから、そのフレッシュ感が少なからず風味に影響している、のではないかね。モッツァレラもトマトも小麦粉も、時間が経って熟成して味に深みが増すというよりは、フレッシュであればあるほど良い風味が残るのでは。そんな気がする。まあ気がする程度の話。前回恵比寿店に行ったのもたぶん2年も昔の話だし。

 ちょうどそこで現金がなくなりそうだったので、近くのATMでお金を下ろそうと思ったら、レートがとんでもなく悪かった。しかし仕方なく下ろしたのだが、後から調べてみると「EURONET」というATM機はレートが悪いとのことで悪評が高いようだった。クレジット清算なら一番手数料が安くてほぼ為替レート通り、日本での両替レートがその次に良くて、悪いのが現地両替レートで170円~175円など、そしてこのEURONETのATM機でのレートは180(~185円?)という最劣悪レートだった。やっちまった。

 1泊なので駆け足でそのほかのチェックしていたお店、コーヒーショップやバールを訪れた。まずこの街で唯一検索ヒットしたスペシャルティコーヒーのお店 Ventimetriquadri (読み方わからない)、自家焙煎ではなくイタリアや北欧などの焙煎店のコーヒーを扱っていた。ナポリでは珍しい浅煎りのエスプレッソ、ティラミスはバニラアイスが使われていて驚いた。こういうティラミスもあるんだ。

エスプレッソ ブラジル
ティラミス。クリーム部分がバニラアイスだった

 そこからポルトガルにあったような勾配のあるトンネル内を走る路面電車に乗って下り(いた場所が坂の上だったことに気づかなかった)、海沿いエリアにあるGran Caffe La Caffettiera(グランカフェカフェティエーラ)、Gran Caffe Gambrinus(グランカフェガンブリヌス)という、どちらも老舗で格式高いカフェテリアを訪れた。カフェティエーラはバールでエスプレッソを飲んだけれど、バリスタの老紳士たちがスマートなのに茶目っ気たっぷりで、見ているだけで面白かった。身振り手振りのリアクションが洋画そのものなんだよな。ガンブリヌスではテーブルに着いて一服、ということで甘いものも合わせた。私はミニシューの山にチョコレートソースをかけたような、ナポリ菓子らしい見るからに甘ったるそうな一皿。甘ったるくて想像通りの一皿。ツレは、ナポリ名物のババ。私は以前食べて「これは厳しい」と苦手意識を持った菓子。ラム酒でぐしょぐしょになったスポンジケーキ、とでもいえばいいだろうか。私はやっぱり苦手で、珍しくツレも厳しい、となった菓子。ナポリっ子はイタリア国内でもとりわけお菓子が甘ったるい気がする。

Gran Caffe Caffettiera
Gran Caffe Gambrinus
ナポリ菓子

 翌日は9時間かけて列車でシチリア島へ向かわなければならないから、朝8時頃には宿を出なければならなかった。しかしまずは一杯バールで頂きたい、と思い、宿の近くのローカルそうなお客さんの集まるバールに入った。珍しく広めの店内だけどバンコでささっとエスプレッソをいただく。ここのエスプレッソ、美味しい気がした。濃度や香りやクレマの厚みが絶妙だった、気がする。合わせてブリオッシュも。イタリア北部ではブリオッシュといえばクロワッサンを出されたけど、ナポリでは別のパンを出された。地域によってそんな違いも面白い。

ナポリでは水もともに出してくれる。
「ブリオッシュ」と言ったら出てきた


 歩きながら、移動中の昼飯を買いたい。またしても地元っ子っぽいお客さんで人気そうなバールで、パニーニを豊富に置いてそうなお店を見つける。人が集まるお店には必ずその理由がある。接客がとても気持ちのいいお店だった。なんだろう、この観光地エリアにはない気持ちよさは。良いバールに立て続けに寄れて、意気揚々とナポリの街を後ろ髪をひかれつつも列車に乗った。

 私たちの目にしたナポリは、観光客然とした人たちがイタリアにしてはあまりいない、というか、良くも悪くも「飾らない景色」だったのがとても居心地が良かった。自然体で、普通の街。もう1泊、ゆっくりしたかったかも。

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