ショートショート『なみだはわるいものじゃない』
大人になった今でも
誰かがそばにいないと眠れなかったりふと寂しくなったりするのは
当たり前のことらしい。
もしも今、周りの人を見渡してみた時に
すこし怖い雰囲気をまとっている人でも
みんな必ず
夜は布団の中にいるのだ。
お風呂に入るときも、みんな裸んぼうになるのとおんなじように
夢の中にいる時だけが、きっと世界中の人たちとつながれる瞬間なのだろうと思う。
転んで擦りむいた傷がかさぶたになったことだったり、くだらないことを共有できるのが夢の中だった。
起きたらすぐに忘れてしまうぶん、きっと身体が疲れていたとしても
すこしでも本音を吐き出せるところが夢なのだろう。
ある日、私は突然身内を病で亡くした。
がんだった。
最後は一人で旅立ちの虹を渡ったのだ。
人は亡くなることを「永眠」と呼ぶのは
きっと天国にいってもずっと一緒にいてくれると教えてくれる
そしていつか自分が、虹を渡った時に迎えに来てくれる。
そんな、やさしい意味なのかもしれない。
亡くなった日は、雨の日だった。
きっと向こうも寂しいのだろうか。
自分の涙と、空の雨、どちらが冷たいのだろうと思った。
雨は、災害が起こらなければ、生きてる人に恵みを与えるのだという。
植物が育ち、ダムの貯水量が増え、土壌が潤い、動物は喜ぶ。
涙は、透明な血だそうだ。
これは、どういうふうに捉えることができるのだろう。
そう考えた時、私は思った。
「もし今天国で誰かが泣いているのだとしたら、生きている人の涙も
悪いものではなくて、きっと身体がなくなったとしても、生きているのだな」と。
そう思えば、死ぬのも悪くない、と思った。
そんな季節の話であった。