幸せになるスクリプト

四角いファインダーから青空がのぞいていて、そこにマシュマロのような雲がもくもくと浮かんでいる。

晴れた昼下がりは、静かなはずなのに、なんだか空気が騒がしい。

肌で初夏のさわやかな風を感じたくて、私は窓辺に佇んでいる。

まぶたを閉じると、そこには先ほどまで見ていた青空と雲がまぶたに焼きついて、目を閉じたままでも青い空を見ることができる。

目を閉じるとより空気の揺れる音が聞こえるような気がして、私は自分の息遣いすらそっとおしころす。

あたたかい陽射しにひんやりとした風を肌に感じた時、私はなんだか安心するような、このまま眠ってしまえるような心地良さを感じるのです。

雲がゆっくりと空を横切っていくようすは、私に「焦らなくてもいい」と、ゆっくりとした時の流れを教えてくれているよう。

あの雲が風に吹かれる音は、どんな音なのだろうか。
私はそれを聞いてみたいと思って耳を澄ましてみるけど、かすかな風の音と自分のかすかな呼吸だけが耳をくすぐっていく。

あたたかい陽射しは私の肌をじんわりとあたためてくれて、暑くなり過ぎないようにと、それを風が冷やしていくような、絶妙なバランスを感じるのです。

遠くで鐘のゴーンという響きが聞こえたようで、私は家にある朱色の台座にのったシンギングボールを思い浮かべるのです。

鐘は深みのある鈍い音で、心臓の音に優しく溶け込んでいく。

私もあのシンギングボールをもう一度、自分の手で響かせてみようかなと、ちょっと好奇心が顔を出す。

そのシンギングボールは小さい私の片手にすっぽりおさまる大きさで、私は手に入れた頃からそんなに音を鳴らしたことがなかった。

先ほどの鐘の音はかすかに一度だけ聞こえただけで、あとは昼間の静寂と風のそよそよという音が私の周りを取り囲む。

もし、あのシンギングボールを鳴らしたら、今よりももっと空気が震えて私の肌にもビリビリ響くのだろうか。

私は、小さな黄金色のシンギングボールを頭に思い浮かべながら、どこにしまったかを思い出そうとする。

そうして取り出した時に、あの深い鐘の音がどんなものだったのかを思い出そうと、自分の胸の奧ふかくふかくに潜り込んでいく。

鐘の冷たい金属の感触は、ひやっとしていて、何か特別なものに触れたような感覚がある。

深いといえば、胸の奥にもぐるうちに、深い海の底を思い浮かべたり、浅瀬にいるカニが太陽の光を浴びて透けているようすが頭に浮かんでくる。

赤く透けた甲羅はとても神秘的で、1匹の目の前のカニは何をしようとしているのかは分からないけれど、ぶくぶくと口から泡を吐き、チョキチョキとハサミを鳴らすのだ。

カニをペットとして飼うのはどうだろうかとふと思ったけれど、私はカニを飼ったことがないし、海水を作って保つのは大変なんじゃないだろうかと考える。

そのカニは深い海には生息できないのか、浅瀬の太陽の光が透けて海に射し込むその場所で、陽の光を浴びながら、右へ左へとゆっくり移動を繰り返している。

おだやかな海の波はよほどのことがないと音を立てずに、たださらさらと風に揺られて陽の光も揺れる。

なんて安心できる場所なんだ。
うっすらと射し込む陽の光と、ややぬるい肌の温度に近い水温は、刺激が少なく、私の心をどんどんおだやかにさせていく。

ちょっと目を離したすきにカニはどこかに行ってしまって、そこには白い砂浜と貝殻だけが海底で光と波に揺れていた。

コポコポと聞こえるのは私の呼吸かもしれない。
目の前を小さな気泡が上がっていくようすを、私はとてもきれいだと思いながら目で追っていく。

私以外、何も生物がいないこの浅い海で、あたたかくやわらかい陽の光をひとりじめしながら、やさしく触れる波に肌がなでられて、うっとりと目を閉じるのです。

何も危険がない、何も大きな音がしない、そこにはおだやかな空気がただ揺らいでいるだけ。

ただ波に身を任せていると、いつの間にか眠りに落ちているのかもしれない。

何にも邪魔されない、自分だけの空気と景色を感じながら。

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