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【連載小説】再⭐︎生(1)

姉は、いい加減だ。

庭で汗を垂らしつつ熱心に丸太を削っては、人型のオブジェをこしらえている。
完成した作品をどこかに持ち出したかと思えば、後片付けもせずに、その残骸を放置する。軒先や居間にまで工具らしきものが散乱していて、俺がそこを通るたび端に寄せるも、気づくとまた元のように広げてある。うっかり糸鋸の刃を踏ん付けて足の裏から血が出たことは、一度や二度ではない。

庭に篭って延々と作業をしていたかと思えば、スーパーに行くような格好でふらっと出かけたまま、何日も家に帰って来ない。
どこにいるのかと思い電話をかけると「いま学祭の準備やばくて、徹夜よ徹夜」と焦っていた。

月々の生活費は、口座から引き落される光熱費などとは別に、手渡しで姉にもらっている。
その額も、月によってまちまちだ。
姉が家を出てから数日が経ち「もう金も食べ物もないんだけど」と連絡したらpaypayで五千円が送られてきた。これは一体いつまでの食費を想定した金額なのか分からず、仕方がないのでスーパーで米と卵とネギを大量に購入し、朝晩に雑炊や卵かけご飯を作ってひたすら食べ続けた。

卒業制作の時期は、特に酷かった。
こちらも本格的に受験勉強を始めた頃で、自室で集中したいのに庭から響く電動ノコギリの音がうるさくてたまらない。
耐えかねて二階の窓から「いつ終わんだよ!」と叫ぶと「いま脚の部分!!」と見当違いな答えが返ってきた。脚を切り出しているということは、まだ土台の近くだから、当分騒音が続くだろう。彫刻にまったく興味がないのに、そんなことを想像できてしまう自分が嫌だった。

やっと卒業制作が完成したとき、庭はまるでゴミ箱の中身を撒いたようだった。そこらじゅうが木屑にまみれ、土台から遠く離れた場所にまで、金属の棒や丸まった紙、ペットボトルなどが散乱していた。

よく晴れた週末の午後、解体屋の息子だという姉の同級生が、作品を大学まで運ぶための大きいトラックを家の前に横付けした。
後ろに続く白い軽自動車から何人もの学生たちがわらわらと降りてきて「うわ、庭広っ」「いいじゃん、この腰んとこの曲線好き~」「ここで煙草吸っていい?」などと好き勝手に騒ぎ立てた。勝手に縁側から上がり込み、ハンディカムで家のなかを撮影する男もいた。
「あんたも手伝ってよ!」
姉に呼ばれて外に出ると、熊みたいにでかい男がすっと近寄って来た。
「こんにちは、お邪魔してます。ねえ、俺さ、どうしたら女の子にモテるかな」
初対面、しかも同級生の弟に持ちかけるような話題ではない。熊みたいな男は、引いている俺を気にする様子もなく「かわいい子いたら紹介してねー」と言いながら彫刻を運ぶ列に加わった。

芸術をしている人たちって、みんなこうなのか。妙な服装をし、言動が浮世離れしている。
俺はこんなふうにはならない。しっかりと地に足を付け、堅実な人生を歩むんだ。数年ぶりに完璧な静けさを取り戻した自室で〝受験英単語必須1500語〟に赤いシートを滑らせながら、そう誓った。

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