破壊
強固な塔が崩れ落ちる。その崩れる音が何処からか聴こえてくる。なんて美しい音だろうか。こんなに美しい音を奏でるものを、僕はまだ知らない。いや、これからも知らないだろう。既存の美しくも脆く、そして馬鹿げた枠組みが崩れ落ちる。そんな崩れ落ちる塔を遠くから眺め、そして数億するバイオリンに匹敵するかのように繊細で、力強い音色を僕は一人、暗い部屋で楽しんでいた。
世の中の全ての対話がオンラインに移行した。就職活動における面接から大学での講義、そして毎週街中でドンチャン騒ぎしていた飲み会でさえも。突貫工事的に形成されたオンラインでの枠組みは、とても脆い。故に、始まって数ヶ月で悲鳴を上げている。美しい悲鳴だ。誰もが慣れ親しんでいない仕組みにあたふたし、そして少しの綻びを見つけると一斉に群がり、破壊し、去っていく。美しい光景だ。破壊した誰もが、再生など考えていないのだ。不勉強な自分にとって気に食わないものであるから破壊し、そして壊れたものを見て、知らん振りをキメる。とても人間らしい。それ故に愛すべき存在だ。とても愛おしいクラッシャー達。彼らの存在が、僕の今の生き甲斐だ。
外出自粛が始まってから僕ほど本気で外出を自粛しているものはいないのではないだろうか。人間的活動でさえ自粛し、もはや生きた屍と言える。今、世の中に溢れかえっているのは死した屍だ。誰もが死んで行き、そしてそちらの世界に他者を引き摺り込もうとする。自分が生きた屍であってよかった。屍は屍に用はないのだ。これで僕は死なずに済む。今我々が一番恐れているものは死した屍に成り果てることだ。
我々は、次の段階に移行しなくてはならない。それを実行できるのは他者でも国でもない。自分自身だ。我々はこれまでの思想、生活を捨て次の段階に移行しなくてはならない。死した屍の山は、その代償だ。どちらに回るのが賢明か、考えなくてもわかることだ。生きるも死ぬも自分次第なのだから。
突如、猛烈な破壊衝動に駆られる。この世の全ての常識を破壊し、そして新たな常識を作り上げる。今、最も壊されるべきものは、生きた屍だ。生きた屍を破壊し、自身は前に進まなくてはならない。本当の自分が生きた屍になるのか、それとも前に進む先駆者になるのか。どちらを選ぶも自由だ。自由だからこそ美しいのだ。
軟弱な塔が、立ち並んでいる。僕はそれを横目に、新たな破壊計画を目論む。僕が好きなのは、強固な塔を建築することではない。崩れ落ちる塔の姿だ。崩れ落ちるその音だ。一見強固なその軟弱な塔を破壊し、落ちていく姿を眺めているのが好きなのだ。