ラグビーが教えてくれたこと1
【リスクを冒してその判断に責任を持つ】
ラグビーが教えてくれたこと、連載スタートになります。
前回の投稿への反響が思ってた以上にあったので、びっくりしましたが、
現役ラグビー選手である今の自分の思いというのは、今の自分でしか綴ることができない、自分の人生の中で、とても尊いものだと思います。
スポーツの価値
スポーツをする人、見る人、支える人、色んな立場からみたスポーツの価値があると思います。
僕は、今、スポーツをする人間として。
僕自身、人としてもラグビー選手としても、まだまだ未熟者ですが、こんな大変な世の中でも、スポーツの価値、スポーツをやる意味というものに向き合いながら戦っている人間の記録として、書いていきたいと思いますので、よかったら読んでってください。(130章も続くといいな。)
時には意味不明なこと言い出すこともあるかもしれませんが、お許しくださいませ。学生時代に何度も読んだ、高橋歩の「毎日が冒険」みたいに、ナチュラルな自分を書いていきます。
はい、
自分の好きなように書いていきます。
それでは、スタート。
前回の投稿の「1:ラグビーを通して気付いたこと」より
【リスクを冒してその判断に責任を持つ】
めちゃめちゃランダムに書き留めていたので、一番最初にくるのがこれかーって思いましたが、
はい、
リスクを冒してその判断に責任を持つ
そのことの大切さというのは、ラグビーに教えてもらったことの1つです。
ラグビーのプレー中は、もうとにかく判断の繰り返しです。
パスをするのか、せずにランするのか。
ラインアウトのサインをどこに出すのか
ブレイクダウンでボールに絡みに行くのか
など、あげたらキリがないのですが、選手たちは常にその目の前のプレー選択、次のプレー選択の繰り返しをその局面局面で行なっております。
当然、判断をしているので、それぞれの頭の中にはその状況ごとに幾つかの選択肢があったりします。
(その判断材料を減らしたり考える時間を短くシンプルにするためにチームのシステムがあったりするのですが)
ラグビーを通して気付いた
「リスクを冒してその判断に責任を持つ」
というのは、その判断の話になります。
ラグビーの試合中は、時として、
確実な選択と、リスクを負った選択の二択に迫られる時があります。
確実な選択は、
簡単に実行できるけど、状況はあまり打開できないような選択。
リスクを負った選択は、
確率で言うと低いかもしれないけど、
キマれば勝利に近づく、キマらなければ負ける、みたいな。
まあ要するに
勝負に出る瞬間だったりします。
僕の場合は、
ゲーム終盤にボールキャリーした時なんかは、あまりそこでリスクを冒したプレー(無理なオフロードパスとか)はほとんどしませんが、
ブレイクダウンでターンオーバーを狙いにいったり、
ラインアウトのコールだったり、
キャプテン時代にはペナルティゴールの選択だったり、
確率的には高い選択肢がある状況でも、確率が低くても勝負に出ることが、
たまにあります。
そんな時は、自分の中でリスクを冒しているという認識のもと、攻めにいって結果を取りにいく。そういう判断をすることがあります。
それをリスクにならないレベルまで練習しろって話でもあるのですが、リスクとはチャレンジでもあるわけですね。全てが自分の想定の中のプレーじゃなく、リスクという名のチャレンジをすることがまた、ラグビーをやっている自分の感じる、ラグビーをする醍醐味の1つかもしれません。
アラジンも衛兵に追われている時、一緒に逃げているジャスミンの手を取って、目を見て、
「僕を信じろ」
って言って、高いところからピューんって飛び降りるシーン、ありますよね。ばっちりキマって逃げ切りました。
あれです。(←知らんけど。)
(ディズニー映画「アラジン」より)
で、その判断に責任をとるっていうのは、
うまくいかなかった時に、自分の判断ミスだと認めて反省して、その後の評価も受け入れる。
っていう、実にシンプルなことです。
言い方を変えると、
自分でリスクを冒しておきながら、うまくいかなかった時に人のせいにしているやつは、
ダセぇ
っていうことです。
アラジンでいうと、例えばですけど、
高いところから飛び降りたら、実は下に衛兵が待ち構えていて、
「えージャスミン、なんで上で言ってくれなかったの?そもそもそんなしがみ付かれたら身動き取れなくて逃げ切れるわけないじゃん!君のせいで捕まったよ!」
とかアラジンが言ってたら、ダサいですよね。
ジャスミンも
「はぁ?」ってなるわ。
ラグビーの現場でも、たまに、これができないがために、無駄に議論が長くなることもあります。明らかに個人のミスで上手くっていってない時に、あーでもないこーでもない理由を並べて雲隠れしようとする人がいたりして。
個人的な印象ですけど、一流の外国人選手とかは正直に、
「ここは〇〇な理由で判断してプレーしたけど、正しくなかった。おれのミスだ。ごめん。こうならないように改善する。」
って言える。ミスしてもかっこいいなと思います。
これはラグビーだけでなく、どんな状況でも、
リスクという名のチャレンジをする時に、その最終判断をしたリーダーが、
「おれを信じろ。上手くいかなかったら、全部おれのせいだ。うまくいったら、信じてくれたお前のおかげだ。」
とか言える、かっこいいですよね。
そんなかっこいい人間になりたいです。
そんな話です。