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転機の連続からはじめてのコーチング
■大阪から地元福岡へ
私は大学を卒業後、社会人になり、当時日本最高峰のリーグに所属していた○下電器スーパーカンガルーズで8年間選手を続けて30歳になった時に引退を決意。
引退後は、社業に専念し「これからは仕事に集中しよう」と思っていましたが、「バスケットボールがまだやりたい、そして将来的にもバスケットボールに携わる仕事がしてみたい」という気持ちが心の片隅にありました。
そんなある時です。
新聞を読んでいると「日本最高峰のバスケットボールリーグに参戦!福岡R○!」という記事が載っていました。
「福岡、えっ?なに?どういう事?」と、事の状況が分からない中、色んな人に電話をして、そのチームの母体はどこなのかなどを聞いていました。
正直な気持ちは「こんなチャンスは二度とない。ここで帰らなかったら一生後悔する」と言う気持ちでした。
そして、地元、福岡にトップチームが創設されたことで、「地元に戻ってプレイをしたい」という気持ちが強くなり、これがもし他県であれば会社を退職してまで行くことはなかったはずです。
しかし、色んなタイミングが重なり、引退を一度決意しましたが、運良く福岡R○からオファーを頂き、○下電器という大手会社を退職して福岡R○へプロバスケットボール選手として入団することになりました。
この時、多くの方々にご迷惑をおかけしました。若気の至りということでお許し下さい笑 当時○下電器バスケットボールチーム監督のS水さん、R科学大学A田先生!申し訳ございませんでした笑
■波乱万丈とはこう言うことなのか!?
希望に満ちて地元福岡でプレイできる、私がバスケットボールを始めた中学生の時、○下電器スーパーカンガルーズの試合を観て夢を持ったように「地元福岡で今度は私が子ども達に夢を与えられる選手になろう」という強い気持ちで練習に明け暮れていました。
しかし、その翌年の1月でした。
これから後半戦がスタートしようとしていた時、選手、球団スタッフ全員が集められ、球団社長の方からチームの現状を話した後、「これ以上の球団運営は無理ですので解散します」と告げられ、後半戦の試合をすることもなく、まさかのシーズン途中でチームは経営難に陥り、呆気ない幕切れで解散となってしまったのです。
まさにドン底です。
「希望に満ちて地元福岡に帰ってきたのに、プレイをする場がない。色んな人に迷惑をかけて帰ってきたのに何故こんな事態になってしまったのか」怒りのぶつけどころがない、自身のこれまでの行動や考え方を責めました。
しかし、立ち止まっていても何にも始まりません。他の選手達は、次の所属先を探していました。
■第二のセカンドキャリア
私はというと、「自分がプロとしてプレイをする場を優先するか」「第二のセカンドキャリアを考えてコーチングの勉強を優先するか」など色々と悩みましたが、地元福岡を離れずに、正確には「そんな簡単な気持ちで帰ってきた訳ではない!」ので、当時bjリーグ参入を目指していたクラブチームで練習を行い、並行して第二の人生を視野に入れてコーチングの勉強をするためにF大学大学院スポーツ健康科学研究科修士課程の受験することに決めました。
もちろん、選手としてこのまま終わる気もなかったです。今後の将来のことをゆっくり見つめるためにも、プロという第一線から距離を置き、物事を色々と考え、将来的なことを視野に入れてコーチとしての勉強をすることが私の中で1番良い選択であると考えました。
■はじめてのコーチング
そして、F大学大学院スポーツ健康科学研究科修士課程の受験も終了し、合格通知を頂いた時でした。F大学バスケットボール部監督のM山先生から「今から来なさい」と連絡が入り慌てて大学体育館へ足を運びました。
M山先生から「合格おめでとう!今日からうちの女子バスケットボール部のコーチをしてくれ」と。
いやいやM山先生笑 コーチングの勉強をするためにここを受験したんですけど笑 と、思いながら笑
全く事の状況が分かっていない中、「いや、先生。私は、まだ選手を続けたいと思っています。コーチと呼べる実績も経験も全くありませんし、コーチングの勉強をするために大学院を受験したのですが。」と伝えると
「まずは、やってみなさい。そして、自身の練習は、男子バスケットボール部と一緒に練習をしてコンディションを整えれば良い」と言われ、
「はあ」「えーと、はあ」と曖昧な返事のまま、
女子バスケットボール部が全員集められ、○山先生が「今日から指導する女子バスケットボール部の川面コーチだ。しっかり話を聞いて頑張りなさい」と女子部員に伝えて、
「今日からコーチになりました川面です。皆さん宜しくお願いします」と挨拶をして、女子バスケットボール部のコーチをすることになったのです。
さあ、ここから全くの未知の世界です笑笑
大学時代はスポーツ系の学部ではなかったのでコーチングとは?どのようにしてチームを作るのか?全く分かりません。状況が整理されないまま何が何だか分からない状態で私のはじめてのコーチングがスタートしました。
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続きは後日アップします。
次回は、はじめてのコーチングの内容について書いていきたいと思います。