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「窓」を開き、世界と繋がれ。決して独りだと思う勿れ。RHYMESTER、渾身のメッセージを響かせた日本武道館公演を振り返る。

【2/16(金) RHYMESTER @ 日本武道館】

まず前提として、昨年6月にリリースされたRHYMESTERの約6年ぶりの最新アルバム『Open The Window』は、彼らにとっての新たな、そして決定的な代表作となった、ということを押さえ直しておきたい。ジャンルや世代を軽やかに越境しながら、日本の音楽シーンに新しい価値観を提示する作品を作り続ける3人のアグレッシブなスタンスは今作においても不変、むしろ、近年さらに前面に押し出されていて、その結果として、同作においては、Rei、hy4_4yh、JQ(Nulbarich)、また、スチャダラパー、岡村靖幸、SOIL&"PIMP"SESSIONS、CRAZY KEN BANDとのコラボレーションが実現した。

そうした多彩なコラボレーションの数々が素晴らしい音楽作品へと結実するのは、RHYMESTERの3人の中に、コラボ相手に対する深い愛と理解、そして敬意があるからなのだと思う。世代やジャンルの異なるアーティストへの"リスペクト"を胸に、果敢に、柔軟に、次々と新しい「窓」を開き続けてきたからこそ、ヒップホップというアートフォームの可能性はさらなる広がりを見せていく。RHYMESTERは、今作『Open The Window』を通して、見事にそう証明してみせた。

昨年の夏から、同作を掲げた全国ツアー「KING OF STAGE VOL.15 Open The Window Release Tour 2023-2024」が始まり、年を跨いだ今年の2月16日には、その東京公演が日本武道館で開催された。先に結論から書いてしまえば、RHYMESTERにとって17年ぶりとなった今回の武道館公演は、常に変化・進化し続ける彼らの最新型の表現を堂々と示す一夜となった。

長年にわたって応援し続けてくれているファンのために過去曲を披露するコーナーも設けられていたが、セットリストの軸となっていたのは最新アルバム『Open The Window』の収録曲たち。フィーチャリング曲が多くを占めるアルバムの構成を反映するように、今回の公演には、アルバムに参加したアーティストたちが大集結し、次々とゲスト出演を果たしていった。ワンマンライブでありながら、まるでフェスのような様相を呈した今回の武道館公演は、一つずつ「窓」を開きながら新しい繋がりを重ねてきたRHYMESTERの近年の歩みをそのまま形にしたような2時間半で、各ゲストとの熱い絆が滲むコラボレーションアクトの数々に何度も圧倒されてしまった。


ハイライトを挙げていけばキリがないけれど、僕が特に強く心を震わせられたのが、過去曲を披露するコーナーの中で披露された"The Choice Is Yours"、そして、その後の長めのMCを経て届けられた最新アルバムの表題曲"Open The Window feat. JQ from Nulbarich"だった。

2012年にリリースされた"The Choice Is Yours"は、彼らいわく、(当時)40代になった、つまり、かつてと比べて大人になったからこそ書くことができた一曲であるという。東日本大震災の翌年にリリースされた同曲は、変わるべき世界・変わらない世界に対する切実なプロテストソングであり、同時に、一人ひとりのリスナー、つまり《キミ》こそが、これから先の世界を変えていく、未来を担っていく当事者であれ、と力強く訴える渾身のメッセージソングであった。

選ぶのはキミだ  キミだ
決めるのはキミだ  キミだ
考えるのはキミだ  他の誰でもないんだ
揺れるのはキミだ  踊るのはキミだ
叫ぶのはキミだ  嘆くのはキミだ
笑うのはキミだ  他の誰でもないんだ
さあ歌いな
La La La... the choice is yours

2010年代のキャリアを代表する一曲となった"The Choice Is Yours"。そして、そのリリースから約10年後の2023年に生まれたのが、"Open The Window feat. JQ from Nulbarich"である。あれから約10年が経ったが、その間に、日本が、世界が、良い方向へ向けて前進し続けてきたかと問われれば、そうではないと言わざるを得ない現状がある。むしろ、世界各地では思わず目を覆いたくなるような悲劇が現在進行形で進んでいるし、人や民族、国同士の分断は残酷なまでに加速しつつある。

今回の武道館公演のMCの中で、宇多丸は、今まさに海の向こうで進んでいるジェノサイドの話を挙げながら、胸の内の想いをありのまま語った。もし私たちが、そうした不条理な出来事を知っていながら何もせずにスルーしてしまったとしたら。人類がそうした悲劇を繰り返していくのだとしたら。これからますます、強い者の論理や行動が好き勝手に許されていく世界になってしまう。そんな状況を前にして、もはや芸術や音楽なんて無駄なのかもしれない、という皮肉屋の考えに陥ってしまいそうにもなる。私たちはもう、その境目まで来ている。

振り返れば、宇多丸は、武道館公演の数日前の2月8日、ラジオ番組「アフター6ジャンクション2」の「アトロク推薦図書」のコーナーの中で、「ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義」(著:岡真理)を紹介していた。武道館公演におけるMCは、まさに、その時の推薦コメント、および、この本が発しているメッセージと通じ合うものであった。少し長いが、この本の帯に抜粋して掲載されている箇所を中心に、岡真理氏が同書に込めたメッセージを引用する。

言葉とヒューマニティ、それが私たちを今、結びつけています。
言葉とヒューマニティ、それが私たちの武器です。「武器」という渦々しい言葉は、この場合、比喩として不適切かもしれません。まさにその武器なるものによって、今この瞬間にも、ガザの人々が瓦礫の下敷きになって、あるいは肉片になって命を奪われていることを考えると。
しかし、それでも敢えて、言葉とヒューマニティは私たちの武器なのだと言いましょう。なぜなら、これは闘いだからです。
私たちは闘っています。何人(なんぴと)の人間性も否定されることのない世界のために。
地球というこの小さな惑星に生を享けたあらゆる人間たちが、互いにかけがえのない友人として、隣人として、兄弟姉妹としてーー創世記に従えば、私たちはみな、同じ土から創られたアダムの子供たちですーーそのようなものとして生きる、そのような世界を実現するために、私たちは闘っているからです。
もう一度言いましょう。ヒューマニティこそが、私たちの武器です。
人間の側に、踏みとどまりましょう。

「ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義」
(著:岡真理)

2024年という時代を生きる私たちは、まさに今、人間性、ヒューマニティを問われている。人間が人間たる理由を、私たちは決して手放してはいけないし、諦めてはいけない。その認識を強く持った上で、それではいったい今の私たちに何ができるのだろうか。その答えは、アルバム『Open The Window』、および、今回の武道館公演の中にある。まずは、他者について、世界について知ること。そのために「窓」を開くこと。それが、この不条理な現実に抵抗するための最初の一歩になり得る。その揺るぎないメッセージは、これまで何度も越境を繰り返しながら、たくさんの「窓」を開き続けてきたRHYMESTERの3人が発するからこそ深い説得力を持つものであるように思う。

また、宇多丸のMCを受けて、Mummy-Dは、「僕らの世代のヒップホップは、マイノリティのマイノリティによるマイノリティのための音楽だったから、そこに目をつぶっちゃいけないよね。」と語っていて、改めて、ヒップホップというアートフォームが誇るタフネスを、および、ヒップホップが秘める、変わるべき世界・変わらない世界に向けてメッセージを発していくメディアとしての眩い可能性を感じた。

前置きが非常に長くなってしまったが、そのMCの後にJQを迎えて披露された"Open The Window feat. JQ from Nulbarich"が、本当に感動的だった。「反戦」を鮮烈に訴える楽曲ではあるが、ただ単に《Stop the war》《No more war》と叫ぶだけではない。この曲が示すのは、一人ひとりが「窓」を開き、世界と繋がることで生まれる相互理解と連帯の可能性である。

開くんだその窓を  世界と繋がれ
決して独りだと思う勿れ
共に叫ぶんだLoveとPeaceを
届けるんだHugとKissを

次第に開いてくWindowに次々と
もうなぁなぁにしないと決めた人々
ついにみんな気づいたんだ  自分も同じと
奪い合いじゃない未来を描くヒント

1番のMummy-Dのパート、2番の宇多丸のパートを経て、サビでは、祈りや願いを宿したJQの清廉な歌声が高らかに響きわたり、そして、その上に会場全体から巻き起こった壮大な大合唱が重なっていく。

頬をかすめてったPain  凍えてく手
それでも世界は進めのサイン
この声が枯れ果てる前に
君に届け  それが始まりの合図

この曲、および、あの時に武道館に轟いた大合唱は、音楽を通して生まれる相互理解と連帯の可能性、その微かでも確かな眩い輝きを、温かな実感を通して感じさせてくれた。ライブが終わってからもう何日も経つけれど、今もなお、あの大合唱の熱い余韻が胸の中に残り続けているような気がする。改めて、本当に素晴らしいライブパフォーマンスだった。


「窓」を開き、世界と繋がれ。

決して独りだと思う勿れ。

ヒューマニティこそが、私たちの武器。

私たち一人ひとりが、人間が人間たる理由を決して手放さない、諦めないための闘いは、また明日からも続いていく。それでも私たちの手には、その闘いの日々を奮い立たせてくれるヒップホップがある。いつだって私たちは、音楽と共にある。その果てしない可能性を、今こそ改めて想う。



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松本 侃士
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