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たりないふたり、「絶望」と「希望」の解散ライブを観た。

2009年、山里亮太(南海キャンディーズ)と若林正恭(オードリー)によるコンビ「たりないふたり」が結成された。そして、2人が12年間にわたって紡いできた「たりない」物語は、2021年5月31日の解散ライブをもって終幕を迎えた。


今から振り返ると信じがたいが、結成当時の2人は「じゃない方芸人」というレッテルを貼られていた。2人は、確かな実力によってやがて自らの確固たるアイデンティティーを獲得し、着実に活躍の場を広げていくも、しかし彼らは、自分たちのことを、クラスの「3軍のエース」と自称していた。「学級委員」が持つ人望も、「ヤンキー」が持つ度胸も持ち合わせていない。何よりも、悲しいほどに器が小さい。そうした痛切な自己認識を通して、2人はお互いに、強く激しく共鳴し合っていく。そして、そんな「たりないふたり」の物語は、2人と同じように、何かが「たりない」と感じながら毎日を過ごす人々から強く支持され続けてきた。

しかし2人は、年数を経てキャリアを重ねながら更にステージを上げていき、今や複数のレギュラー番組を抱え、その多くの番組においてMCを任されるようになった。2009年の結成当時と比べると、世間からの見られ方も大きく変わり、今は2人とも「実力者」としての評価を確立している。CMにも引っ張りだこで、何より、2人とも結婚をした。

それでは、今や全てを手にしたかのように思える2人には、何が「たりない」のか? 今回のライブは、その率直な問いに対する2人からの切実な返答であった。



山里「俺だってな、結婚したらアップデートできると思ってたけど、できなかったんだよ、馬鹿やろう。」

この山里の悲痛な叫びは、人は結婚したぐらいでそう簡単に変わるものではない、変われるわけない、という身も蓋もない真実を伝えていた。既婚者となった山里と若林は、今もなお自分の心に空いた穴を必死に埋め続けようとしている。現実と理想の間の距離に嘆き、高いプライドをズタズタに傷付けられ続けている。そう、2人とも、まだまだ「たりない」ままなのだ。

しかし、僕は思う。山里は、自身のお笑いのスタイルをアップデートするために、「自虐の竹槍」を振り回すのをやめて、その代わりとなる新しい武器として「人間力のマシンガン」を求めようとする。しかし、やはり彼に似合うのは「自虐の竹槍」であり、何年にもわたり磨き続けてきたその槍の鋭さは、胸を張って誇るべきものだ。

若林は、何度も何度も「たりなさの剣」で切腹を試みる。その剣によって、自分だけが認識している弱みを余すことなく曝け出していく。誰にも知られたくなかったであろう痛切な感情が、鋭い自己批評に基づく言葉によって、次々と明かされていく。言葉の自傷行為で血だらけになりながらも、自らの「たりなさ」の本質を突き詰め続けた彼の姿は、どこまでも輝かしく見えた。

12年間、「たりてる世界」を目指して、傷だらけになりながら闘い続けてきた2人は、結局、その世界に辿り着くことはできなかった。いや、これから先も、辿り着くことはないのだと思う。完璧を目指して、一つひとつ得るべきものを手にしながら、それでも2人は「まだ俺はこんなもんじゃねえ」と叫び続けていくのだろう。


そして、この「たりない」物語は、山里と若林の2人だけのものではなく、数万人の視聴者、つまり「たりない私たち」へ向けて共有され続けてきた。そう、今回の解散ライブで約2時間にわたるノンストップ漫才を通して紡がれたのは、何かが「たりない」と感じながら毎日を過ごす全ての人々へ向けた究極の人生賛歌でもあったのだ。

いつかその「たりない私たち」の中から、未来のCreepy Nutsが生まれるかもしれない。いや、音楽というジャンルに限らず、あらゆる業界で「たりなさ」を抱えた未来のスターが、これからも次々と生まれていくかもしれない。それこそが、2人が12年間にわたって示し続けてくれた可能性の光である。絶望を突き詰めた先に、確かな希望が見えた。だからこそ2人は、「ああ、たりなくて良かった。」という言葉を残してステージを降りたのだと思う。



今回の解散ライブをもってして、「たりないふたり」の12年間の物語は幕を閉じた。それでも、たとえどれだけ時が経ち、時代が大きく変わっていこうとしても、いつだって何かが「たりない」僕たちは、2人の真実の言葉を求め続ける。そう確信しているのは、きっと僕だけではないだろう。

いつか必ず、また2人には、「たりないふたり」としてステージに戻ってきてほしい。




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松本 侃士
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