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習作:晩秋の屋台カフェにて
毎週、金曜日の夜、結衣は仕事帰りに必ず屋台カフェに寄る。
今夜はいつもと違って少し寂しげな顔をした店主が、コーヒーを淹れてくれる。
「どうしたんですか?」
店主は微笑みながら告げる。
「もうすぐ、この屋台を閉めることにしたんだよ」
結衣は驚き、一瞬顔が曇る。
「どうしてですか?」
店主はしばらく黙った後。
「もう、ここでの時間を守れない。身体もついていけなくなったし、店をたたもうと思う」
結衣はその言葉に胸が痛む。母親との思い出が詰まった、この屋台カフェ。あの日、母親と一緒に初めて来たときのことを思い出し、涙がこぼれそうになる。でも、店主の決断を尊重し、最後の時間を大切にしたいと思う。
屋台カフェの閉店日、結衣は店主と一緒に最後のコーヒーを飲む。二人の間に流れる沈黙と、その中で紡がれる言葉には、言い表せないほどの切なさがあった。
結衣は母がこの屋台を利用し始めた訳を知っていた。母は若い時、地元に帰り、喫茶店を開きたい男と別れていた。両親が反対し、母には学びたいことがあった。母は去り行く男の背に祈っていた。
母は結婚し、結衣を生んだ。が、母が思い出に浸る様子を見て、父は離婚した。結衣が年をとり、母も年をとっていた時、母はかって雰囲気が似ている男の屋台カフェを見つけてきた。
いつしか結衣も連れ立って通うようになった。屋台カフェで母は自分のやっていることを交えながら得意そうに話していた。母が亡くなってからも、結衣は時折訪ねていた。いつしか、結衣は母が伝えている意図が分かるようになり、ここに来れば、迷ったときに道が開かれるような気がした。
結衣は去る時、「お疲れ様」の一言を残す。
店主は「ありがとう」と一言だけ言って、屋台の灯りを消す。去り行く結衣の背中が夕闇に溶け込んだ。
数ヶ月後、結衣は別のカフェに座っている。そのカフェも温かい雰囲気で、心地よく感じる。しかし、ふと外を見て、あの屋台カフェがどこかにあることを夢見、思い出してしまう。屋台の記憶は、母と通ったことも、心の中で温かく思い返すだろう。