Short Story:この街のどこかで-ホタテのゆくえ
*画像はテレビ動画からの編集。出所は不明記とする。多分、これはヘリコプター、いやドローンか?
*書き出しの意図から見事に外れてしまった。
「時を忘れて」
千珠はいつも通り、電車に乗っていた。千珠はいつも通り本を読んでいた。いつも通り、本に没頭していく。すでに時を忘れていた。
いつも通り、電車が揺れる中、ページをめくっていく。物語は千珠を引き込み、storystreamに流されている。彼女はもはや物語の中に埋め込まれたように没頭する。*「storystream」という単語はない。
電車が止まった。終点だという。彼女は皆に遅れて降りる。駅名の表示が「黒羽」とあり、蛍光灯がジージーと音を垂れ流している。
(古くさい駅だわ・・・)
呟くとはなく、呟いていた。終点まで乗ったことはない。
駅前の通りは昭和感溢れる飲み屋街だった。特徴のある家々が出し物を競い合っているように見える。造作は荒削りで、経年変化をしている。昼前なのに、周りは薄暗い。アーケードが覆っていた。しかも、居酒屋などから漏れてくる光は時代を感じさせる。なにかロケのセットのようだ。
足が自然とアーケードをくぐっていく。3軒目の居酒屋はやけに明るい。昼前の食事代わりに飲んでいるのか。店の名前まで、「黒羽」とある。呼び込みのかみさんの声に促されて千珠は暖簾を潜った。
(もう完全に遅刻だわ)
欠勤扱いのメールを送った。
お通しに続いて、ビールが運ばれてきた。千珠は酒に弱い。
かみさんが千珠を見ながら顎で合図する。
「黒助ね」「バイトじゃないけど・・・」「美人が来ると勝手に手伝うの」
「肝っ玉が小さいの」「図体はそれなりなんだけどね」
飲みたくて寄ったわけではない。酔いたくて寄ったわけでもない。フラフラとよろめくように寄っていた。
黒助と呼ばれた男は、慣れた動作で、千珠の前に陣取った。千珠がビールに手を付けずにいると、顎で促している。
男女二人のカップルとは思えない客が来た。手慣れた行動だ。黒助も顔見知りなのか、自らビールと突き出しを運んでいる。注文を受けた天ぷらが出来上がると、間髪を入れず、運んでいる。
「腹の足しになるよ」
黒助は注文もしないのに、天ぷらを運んできた。
(ホタテだ)
ホタテのバター焼きは千珠の好みだった。しかし、このホタテは唐揚げでもない、天ぷらでもない。申し訳程度にてんぷら粉が端を覆っている程度だ。半分以上が素ではなく、薄い衣で覆われているようだ。
促されるまま、チズは生醤油をかけて口に頬張った。ホタテの甘味に似たうまみと辛みに似た生醤油の香気が口の中で優しく踊りだす。黒助が納得するように頷いている。
黒助は一人語りを始めていた。
「処理水でさぁ~、ホタテが余っているの」「もう倉庫がいっぱいになる」「ここの店さぁ、創業時、ホタテをプレゼントされるように送られてきたんだ。おやじが出身でね。おやじが黒羽で居酒屋を始めるとき、目玉の料理が少ない、そんなときに、聞きつけたホタテを主力で営業している社長が等外品を送ってくれたんだ。おやじの処理は丁寧でコツを開発していたんだ。それが、瞬く間にヒットしたんだ」
黒助は熱く語る。どこかスイッチが入っているようだ。
「中国向けのホタテ、多くの魚屋が受けてくれないか」おやじは四六時中考えている。「中国向けのホタテ、多くの仲買先が扱い、多くの料理店やスーパーが扱い、多くの多くの人が食べてくれないか、そう願っている」
黒助の話しに、聞くと話しに聞いていたに過ぎない。千珠はまた街のどこかで、ホタテの不思議な料理方法を思い起こしながら、ホタテを食べる千珠を想像している。ホタテの横に付け出しで出て来た「明日葉の天ぷら」が促している。
*追記:この料理、東京で実際に出された料理です。ちょっと格の高い小料理屋でした。自分で全部払ったので高かったぁ~です。あの明日葉、現地から空輸だそうです。そういっても量が限られているので。薄い衣はカタクリを工夫したものだろうと思います。 小料理屋としては、比較的大きく、ほぼ満員でした。連れて行ってくれた人が「長野の舌の肥えた人」(訓練の様に)若いけど「通」。高かったけど、もう一度行ってみたい店。