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習作:破風の家

・破風(はふ)=屋根の妻側にある端部分のこと。

その昔、川辺にひっそりと立つ一軒の家、家の破風には常に夕日が当たる。彼女は、町のはずれに住む、どこにでもいる普通の娘だった。

破風(はふ)付きの家に住む娘は、もう誰も覚えている人はいない。しかし、一つの普通の物語を生きていた。

彼女があの家に住んでいた頃、川の向こうにある四棟の家々が見守っていた。

彼女の家は、市松模様の窓の光がいつも特徴的だった。夕暮れになると、窓からこぼれる光が川面に反射して、まるで一つの絵のようだった。毎日、夕暮れが近づくと、彼女はよくその窓の前に座って、遠くを見つめた。鰯雲が空を覆い、規則正しいその形が、彼女の心を静かにさせた。

「これからどれほどの長い時間、寄り添って立ち続けているのだろう」と、彼女はいつも考えた。四棟の三角屋根の家々が、やがて古い友人のように見えた。彼女は、そこに自分の未来を重ねていたのかもしれない。けれども、彼女の心には、どこか満たされないものがあった。それは、川面に浮かぶ紅葉のようなものだった。風に流されることなく、ただぷかりと浮かんでいる。

* * *

ある日、彼女は一人の男と出会う。男は町に新しく越してきた。彼女と同じように川辺の風景に心を奪われていた。二人は毎日、夕暮れ時になると、窓辺で同じように空を見上げ、また川を見つめた。そして、言葉少なく過ごす時間が続いた。

だが、彼女の心の中には、男の存在が次第に大きくなっていった。それは、まるで夕暮れの光が木々を赤黒く染めるように、彼女の心に深く染み込んでいった。けれども、彼女はそれを言葉にすることができず、男もまた、言葉ではなく目で語ることしかできなかった。

秋の日、彼女は川の向こうに立っていた男に声をかけた。「あの家のことを、覚えている?」と、彼女は言った。

男はしばらく黙っていたが、やがて答えた。「覚えている。あの家に住んでいる町娘のことも」

二人は、あの家の窓から見える景色がどれほど美しいかを語り合った。その後、町娘はその男に自分の心の中で一番大切なことを告げることができた。ただ一つ、過ぎ去った日々の美しさを惜しむことではなく、これからの時間を共に過ごしていく決意を新たにすることだった。

時間は流れ、町娘はその後、男と共に新しい生活を始め、あの家は長い間空き家となった。町娘が住んでいた窓も、次第に他の光に染まり、オレンジ色に輝くことはなかった。けれど、彼女が見たあの夕暮れの光景、そして川面に浮かぶ紅葉のような静かな生き方は、今もどこかで生き続けている。

彼女の名前は、もう誰にも覚えられていない。あの町のことも、誰かにとってはただの過去の一部になった。でも、あの破風の家、そして市松模様の窓から見えた光景は、長らくその土地に残り、見る者に静かな物語を語りかけ続ける。