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ごくうが行く:2メートルまでに

ごくうが来る前、さくらと散歩している頃、団地の男性が散歩を始めたのか、時折出会うようになった。後で分かったことだが、男性は定年退職し、散歩を始めたことが分かった。

男性は出会っても軽く挨拶するだけで、黙々と散歩する。男性の奥さんとは出会う度に二言三言、言葉を交わす。奥さんは料理上手で、サヨリの一夜干しなどをいただいたことがある。

さくらが虹の橋のたもとに行ってから、しばらくして、衆議院選挙があった。おりしもツツジに水遣りをしているときだった。選挙カーが団地を巡回してきたので、水遣りを中止して、団地の入り口付近まで通りに出て、選挙カーを見守っていた。男性がちょうど散歩から帰ってきたところだった。出会い頭に遭遇したような印象だった。

「選挙ですね。」

「そうですね。」

選挙を機会に、それ以後、男性とは散歩で出会う度に挨拶程度の話を交わすようになった。

ごくうが来た。散歩に出る。

いつの時か、団地の公園の出口・入り口で出会う。男性はごくうを見つけて驚くと同時に後ずさる。ごくうは3kg未満と小さいのに、10メートル近く離れている。ごくうは愛想もいいのに、そこからは前に進まない。いや、前に進めない。

「犬はお嫌いなんですか。」

男性は大きく頷く。

こんな小さい犬にも、と思うが、動物を本能的に怖がる人はいる。これは大変といつもの散歩コースから外れて男性に道を譲る。

男性は用心深く歩き、団地入り口の公園を出て散歩に行った。

ーーー

ときに、ごくうの散歩時間と同じになる。出くわす度に、男性は驚き、後ずさりするように止まり、怯えたように挨拶する。距離を置いて擦れ違う。ごくうは関心を示さない。離れるように、横によけると、そんなことは露とも感じないごくうはマーキングする。

男性は何度もごくうを見かける内に、慣れてきたのか、4,5メートルの距離を置いてはいるが、近づいて話すようになった。

男性にはお孫さんが何人かいる。兄と妹の二人はよく見かけていた。

「孫がごくうをかわいいといってました。」

言いさりながら散歩に出かけていく。

男性の後ろ姿を見ながら、妻に

「だんだん距離が短くなっていくね。」

妻も同意する。

ーーー

今日は妻はお留守番。ごくうは気にも掛けず、自分の行きたいコースを選んで歩き出す。

男性と緩やかな下り坂の歩道で出会った。勢いが付いていたのか、そのままごくうを触れてみたいと思ったのか、気がついたときには、その距離およそ2メートル。ごくうは疲れても歩く季節。

2メートルまで近づいて、男性は立ち止まっている。しかし、無理して近寄ろうとする姿勢がありありと見える。ごくうは人を見ると、多くの場合、親愛の情を示す。しかし、その男性には一向に関心を示さない。

男性は決心したかのように近づいて来そうになる。

ごくうを撫でてうまく行けば良いが、犬がさらにトラウマになっても申し訳ないと思ったとき、察したのか、男性の足が止まった。

もう少し慣れてからの方がいいな。

反芻しながら、男性と別れて行った。

ーーーごくうが行く:物怖じしない「女子」https://note.com/tsutsusi16/n/n4debe2b06bda