読書メモ:そして「ヒト」だけが残り

クラス対抗全員リレーで、みきおは走りに走った、全力で。みきおは絶対に諦めない。ただ一心に前を向いて走り続ける。足の速いクラスメートの皆があれだけリードを広げてくれていたのに、とうとうビリになってゴールした。みきおがゴールラインを越えた瞬間、クラスの皆はみきおの直向きさに、はばかることもなく涙を流す。先生も、周まわりの観客の人たちも、居合わせた人々が、夕焼け始めた空の下で感激のむせびに包まれていた。

更科(2018)は序章で人類の系統を競争に擬えて説明している。(17-20頁)

*注意>年代については、誤りがありえると思われる。しかし、発生にばかり注目を置くのではなく、絶滅も念頭に置いた表現を試みた。

大型類人猿の共通祖先は、1500万年前にスタートラインに着いた。長い競争が始まった。しばらくして、オランウータンの系統が別のコースを走り出し、次に、ゴリラの系統が別のコースを走り出した。

700万年前が過ぎた頃、チンパンジーの系統とヒトの系統が、別々のコースを走り出した。

700万年前に走り出した人類は「サへラントロプス・チャデンシス」だった。一人走りは短かった(20万年間くらい)。しかし、バトンを引き継ぎながら走りに走った。

240万年前頃、コースに入ってきたのは「ホモ・ハビリス」だった。この当時は3種が同時に走っていた。その後、200万年前頃「ホモ・エレクトス」が誕生し、他の2種とともに、「ホモ・ハビリス」とも併走した。やがて、30万年前頃、「ホモ・ハビリス」はコースから消え、しばらくして、他の種も消えていった。

120万年前頃から、「ホモ・エレクトス」は競争相手もなく、淡々と走って行った。しかし、70万年前頃から、隣のコースを走る「ホモ・ハイデルベルゲンシス」が遠くに見えた。

両者の併走は50万年前頃前まで続いたが、「ホモ・サピエンス」が隣のコースに現れた。まもなく30万年前頃から、さらに隣のレーンに「ホモ・ネアンデルタール」が走り出した。およそ2万年間、併走していたが、やがて「ホモ・ハイデルベルゲンシス」がコースから消えた。人類は3種で走っていたが、「ホモ・フロレシエンシス」がコースに現れた。人類は4種でそれぞれのコースを走っていた。

しかし、10万年前頃、「ホモ・フロレシエンシス」はコースから瞬く間に消え、長く走っていた「ホモ・エレクトス」もコースから消えた。残るのは、「ホモ・サピエンス」と「ホモ・ネアンデルタール」の2種となった。

4万年前頃、「ホモ・ネアンデルタール」はコースから消え去っていった。コースに残ったのは、「ホモ・サピエンス」(ヒト)のみとなり、1種ヒトだけが走り続けている。そこに感動はあったが、一人競争は障害物競争に様変わっていることに気がついた。

・更科功(2018)『絶滅の人類史』NHK出版新書541。

NOTEでは。