海砂糖は・・・
昔、昔のことです。南に、それはそれはきれいな海と浜がある島がありました。千波はそんな島で生まれ、慈しまれ、育てられていました。周りは海なのに、海が好きで、よく浜を散策していました。
千波が15才になった頃、いつものように浜を散歩していました。潮風に舞われながら、両手を後ろに回し、所在投げに、足けりしながら、歩いていました。
左に人影を見つけます。同い年ころの男の子が同じように両手を後ろに回し、所在投げに足けりしながら、歩いています。見かけぬ顔でした。
男の子は千波に気が付いて両手を解き、立ち止まります。千波も気が付いて立ち止まります。一息おくと、男の子は千波に近づいてきます。
「どこの村?」
男の子は興味津々で尋ねてきました。千波は村の方角を見ながら、指さしながら示します。
「あっち」
「おれは東の村、大きいぞ」
男ははにかみながらもいろいろ聞いてきます。
「俺、海斗」
陽が西に傾いてきました。夕焼けもキレイですが、帰り道が暗くなるので、男の子は手を振って帰って行きました。
*
千波はよく浜に出かけていましたが、海斗を見ることはありませんでした。
海斗も足を伸ばして千波のいた浜に出かけましたが、千波を見ることはありませんでした。
二人は一度きりでしたが、会えないことで、心が疼いていました。
海斗は村の漁師から魚を取る術を習っていました。沖に連れて行ってもらい、魚を捕ることができました。早く千波に伝えたい、そんな思いに駆られ、漁を終えて、潮時の合間を見つけて、千波が散策する浜に出かけました。ちょうど千波も散歩に出かけていました。
海斗は千波を見つけると、駆け寄ります。勢い余って、千波にぶつかりそうになりました。避けようと二人は砂浜に転げてしまいます。二人は砂浜に転げた姿勢を戻し、そのまま並んで空を見上げます。空はペールブルーから次第に天に向かって濃くなっていきます。
「俺、漁師になる」
海斗は漁師から習ったノウハウを語ります。海斗の目は輝いています。そんな海斗を見て、思いが頭をもたげてきます。
「自分も・・・」
二人は心わくわくしながら語り合います。
*
春になり、海斗は漁に勤しんでいます。海斗は獲れた魚をよく持ってきてくれました。浜辺で海斗と話します。
「したいこと、見つかった?」
千波は何をしたいのか、まだ見つかりません。
海斗は漁師仲間と沖に出ました。もう夏前になっていました。二人が漁をする間に雲行きが怪しくなっていきました。ちょっと躊躇した隙間に、二人の船は波間に漂います。二人は必死でした。でも、大きな波が海斗の船を飲み込んでしまいました。辛うじて漁師仲間は浜にたどり着きます。
数日して、海斗に教えていた漁師が千波の家にやってきました。海斗は千波のことを話していたようです。
泪を堪えていた千波はようやく浜辺に向かって出かけました。夕焼けが迫っています。赤い夕焼けで千波の泪が茜色に染まっています。千波の足は、海斗の村に向かっていました。隣村と聞いてはいましたが、道は分かりません。浜伝いに歩いて行きます。もう陽は暮れてしまっています。千波の足取りは重く、村を見つけようと浜から遠ざかり、また浜に戻ってきます。
足も疲れ、身体も疲れ、気も疲れ、砂浜に寝そべってしまいました。満天の星空が広がっています。嵐が襲ってきたなんて。星が瞬いています。
小気味よい風が吹いていました。千波の耳にさわさわと葉の擦れる音が聞こえてきます。月明かりの中、千波は音のする方向に歩いて行きます。葉に夜露が輝いています。
喉の渇きを覚えていた千波は茎をポキリと折り、口に運びました。青臭い味の後に甘みが広がります。口の感触と甘みの感触が千波の脳髄に届きます。
「見つかったね」
海斗の声が聞こえたようです。
千波は野生のサトウキビから甘味を作り出しました。サトウキビは海の近くに生えていましたが、多くはありませんでした。栽培を試み、見事に成功します。海斗が応援していたのかも知れません。海の近くで栽培されたサトウキビから甘味・砂糖を作り出したので、誰と言うことなく、千波の砂糖を「海砂糖」と呼ぶようになりました。
心思いのある人が海砂糖を食す時、甘塩っぱい味がするといいます。
参考:市川里美(2016年)『なつめやしのおむこさん』BL出版。