ごくうが行く:脱走する犬
ごくうが来て間もなく、散歩に出かけると、前から小学校4年生くらいの女の子が黒い犬を抱えて歩いてくる。大きな黒い犬である。黒柴よりも大きくなりそうな子犬であった。すでに黒柴の大きさになっている。女の子は身体全体で抱っこしている。でも、苦痛そうには見えない。
どうも一時的に抱いたのだろう。ごくうの近くで黒犬を下ろした。ごくうも喜び、黒犬も喜んでいる。
「何歳?」って尋ねると、
「まだ1歳になっていない。」と答える。
「仲良しになるといいね。」と応ずると、
「うん。」と応える。
ごくうと黒犬は一通り挨拶すると、互いに分かれて行った。
それから、4,5日経った頃、庭に出ていると、玄関に黒い生き物がウロウロしている。そのうち、フェンスに立ち上がる。
「あれっ、あのワンちゃん。」
先日出会った黒犬だった。黒犬は何度もフェンスを跳び越えようとする。
「こんなに大きかったかな?」
フェンスを開けてやると、庭を彷徨き回る。ごくうも気がつき、半立ちになってガラス戸に前足を擦りつける。
「どうしてここが分かったのだろう。」
黒犬は庭を駆け回り、デッキに上がり、ごくうをガラス越しに嘗める仕草。ごくうを出すのはさすがに怖い。
黒犬は満足したのか、庭から出て団地の中に入っていった。
しばらくして、半月経過した頃だったろうか、また黒い犬が来た。フェンスの掠れる音で出てみると、黒犬がなんとかフェンスを越えようと藻掻いている。近寄ると、サーッと逃げ、団地の中に走り去った。
また、しばらくすると、同じことを繰り返して去って行った。同じ頃、ごくうを散歩に連れて行くとき、女の子と黒犬が前から歩いてくる。
「この犬、脱走するでしょう?」と尋ねると、
「はい」と若干困ったような雰囲気を出しながら答える。
ごくうの散歩中、知り合いに出くわした。筋向かいを歩く黒犬が違う人と散歩している。それを指さしながら「あの犬、脱走するよ。」と指摘すると、「先刻ご承知」と言わんばかりに、「そうよ、そうよ。」と答える。近所では、よく知られた話のようである。
それからしばらくして再び黒犬が来た。しかし、庭を覗くだけで走り去っていく。何度か来ているらしい。決まったコースのように走り去っていく。しかし、それ以来、黒犬は来なくなったらしい。女の子と散歩している姿を見かけることもなければ、親と思われる人とも散歩している姿を見ていない。もう大人になった黒犬は繋がれておとなしく暮らしているのだろう。