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金子みすゞとツツジ

            つつじ

            小山のうへに
            ひとりゐて
            赤いつつじの
            蜜を吸ふ

            どこまで青い
            春のそら
            私は小さな
            蟻かしら

            甘いつつじの
            蜜を吸ふ
            私は黒い
            蟻かしら

※表題図は「つつじ」『金子みすゞ作品鑑賞事典』本文151頁、柿木原くみ(紫鈴)(書家)の墨書。

金子みすゞ(テル)が一人で小山に登った折、赤いツツジに寄ってくる蟻を見つけ、黒蟻(ルリアリと思われる)が蜜を吸う様子を詠んだものである。王子山に登っているとこからみると、赤いヤマツツジと思えるが、定かではない。青海島と仙崎を包む青い空の下で赤いツツジと黒い蟻を見続け、黒蟻に擬えるみすゞの様子が窺える。

この詩も「自然界の色に対する問い」(峠田彩香(2013)27頁)を作品化したものと思われる。包まれるような青い空の下で、小山の緑の中に、ツツジの葉の緑色がさらにツツジを包み、花弁の赤色が際立ち、蜜を吸うアリは黒い。

青い空 緑の葉 赤いツツジ 黒い蟻
見続ける みすゞは 瞑想し
自然の不思議に 自らを 投影する
ーー朝倉拓

金子みすずは大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本の童謡詩人であり、代表作は「私と小鳥と鈴と」「大漁」「こだまでしょうか」などがある。

山口県の北西部・山陰側に、仙崎水道をへだてて日本海側に青海島(おおみしま)が浮び、本土側には仙崎がある。青海島の王寺山からは仙崎水道を隔てて仙崎の町並みが見える。みすゞの詩集には、仙崎八景を詠ったものがある。仙崎水道を船が航行するときには、綺麗な航跡波が見られる。

※航跡波(こうせきは)または航走波(こうそうは)、あるいは引き波(ひきなみ)または曳き波(英: ship wave, sailing wave, wake)と言われる。

仙崎 by GoogleMap

※画像はGoogleMapから仙崎の町並み。

長門市通漁港は江戸時代から明治時代末期まで沿岸捕鯨の基地として知られており、古式捕鯨の伝統が引き継がれ、再現する行事がある。金子みすゞの詩集にも「鯨捕り」に関する詩集が編まれている。沖では「瀬つきあじ」や「イワシ」が獲れ、多様な魚介が獲れる漁場がある。魚市場は仙崎にあり、競りがあるときは賑やかである。

風光明媚な青海島を眼前に、仙崎で金子みすゞ(本名:テル)は1903年(明治36年)に生まれ、1930年(昭和5年)若干26歳で、前日にポートレートを撮り終え、覚悟の自死だった。「今夜の月のように私の心も静かです」と遺書に記しているとある。

金子みすゞは512編の詩を3冊の手帳(2部)に残していた。一部(正本)は西条八十に送られ、一部(副本)は弟上山雅輔(かみやまがすけ)に渡された。この経緯については、矢崎節夫(1993)17頁に言及されている。

金子みすゞを世に出したのは西条八十であり、「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛した。同じ西条門下の島田忠夫(山蔦恒(2004))と並び称された。島田忠夫の代表作には昭和18年『童謡詩 田園手帖 : 童謡詩』照林堂書店がある。年代はやや異なるが、すでに名をなしていた北原白秋を意識していることが指摘されている。(峠田彩香(2013)264頁)。ナーヘド・アルメリ(2020)では、「西條八十と北原白秋の受容と展開」について記述されている。

金子みすゞの詩は海外でも受け入れられ、詩と生涯を伝える絵本がアメリカで出版されている。英語の絵本Misuzu Kaneko(2016)「Are You an Echo?」(こだまでしょうか)には美しい挿絵が添えられている。ステレオタイプであるが、WabiSabi(侘びと寂び)で特色を顕している。

参考文献
・峠田彩香(2013)「金子みすゞの童謡 : 雑誌『赤い鳥』・北原白秋からの影響」『歴史文化社会論講座紀要』10号、19-32。
・Misuzu Kaneko(2016)’Are You an Echo?: The Lost Poetry of Misuzu Kaneko’はSally Ito、David Jacobson、Michiko Tsuboiによって編著され、イラストは羽尻利門によっている。矢崎の「はしがき」が添えられている。出版はChin Music Pressである。
・矢崎節夫(1993)『童謡詩人 金子みすゞの生涯』JULA出版局。
・西條八十(1931)「下ノ関の一夜-亡き金子みすゞの追憶-」『蝋人形』昭和6年9月号は、矢崎節夫監修(2013)『金子みすゞの110年』JULA出版局、44頁に再録。
・詩と詩論研究会編(2014)『金子みすゞ作品鑑賞事典』勉誠出版。
・ナーヘド・アルメリ(2020)『金子みすゞの童謡を読む』港の人。
・山蔦恒(2004)「童謡詩人の光と影--金子みすゞと島田忠夫」『武蔵野日本文学』武蔵野大学国文学会、13巻、3号、11-24。