この街のどこかで:快晴の夕焼け
今日は出先での仕事だった。千珠は本を開いて読み始めたが、横顔に日差しがあたる。窓外に目をやると、西の空が赤らみ始めている。今日は雲一つない。快晴の夕焼け?
電車は日暮里駅に差し掛かっていた。千珠は思い出していた。部活の先輩のエピソードを。(小寿朗先輩・・・)
* * *
小寿郎は野山が好きだった。時間さえあれば、野山を歩き回った。特に、先生に悪ガキコジが炸裂したときには、自分の気持ちを治めるためにも野山を歩き回った。
「明日は昼過ぎに映画を見に行くからね。早く帰る様にするんだよ」
母から念を押されていた。今朝も家を出るときに、念を押されていた。
「今日は、映画を見た後、ファミレスに行くからね」
金曜日の昼過ぎ、悪ガキコジが炸裂した。1日置いても気持ちが晴れてはいなかった。小寿郎は少し遠出して広い公園風のこんもり緑地まで足を伸ばした。まだ、公園としては整備されていなかった。無秩序な木々が並び、野草がはびこっている。
うってつけの環境を見つけた気持ちで、小寿郎はうろつき回り、時に丹念に観察する。セミはまだ出ていない。カマキリはいるはずなのに見つけられない。カラスがたまに飛んでくる。夏至が近づいていた。思うように思うものを見つけられない小寿郎はイラつき、無駄な時間を過ごしてしまった。気が付けば、西の空が赤茶け始めている。
小寿郎は急いだ。母の言葉を思い出していた。公園の端まで足を伸ばしたらしい。いつもの通学路にようやくたどり着いた。駅を背に、下り坂が家まで続いている。駅前に立った時、夏至の遅い夕焼けが広がっていた。快晴の夕焼け。濃淡はあるが、赤茶色の一色だ。
小寿郎は坂を一気に走り下る。勢いあまって転び、足をすりむいてしまった。血が滲み始めている。お構いなしに小寿郎は走り、家にたどり着いた。母が怒り顔で待っていた。足の血筋が見えたのだろう。母は父を呼ぶ。
「小寿郎が・・・」
父が出てきて、足の血筋を見つけた。父は小寿郎を風呂場に連れて行き、足の血筋を流し去った。まじめな兄がタオルを広げて待っている。
小寿郎が落ち着いたのを見計らい、父が母に促す。4人で並び、映画館に向かった。小寿郎には分かり難かったが、「十戒」のタイトルがあった。
少し遅い夕食は小寿郎に今までにない味として記憶に残った。
* * *
千珠は小寿郎先輩の話を思い出したが、駅を出発すると、本に目を戻した。あっという間もなく、千珠は耽溺した。降りる駅までまだ間がある。千珠は頭の中で散歩していた。