Short Story:家に帰れば
記述式試験の答案練習をもう何度したことだろう。
手が痺れ、字が正確に書けないし、書いても遅くなる。直線を書いても斜めになり、まっすぐ書けない。直線を書いているのにギザギザになり、直線が波打つ。線の間隔も一様に書くことができない。
書く手も緊張させることもできず、鉛筆を持つ感覚も浮いたようだ。これでは記述式答案を時間内に書くことはできない。焦る気持ちと同時に、空虚感が襲ってくる。
(家に帰ってみようかな)
独り言のように呟いていた。
羽田から飛行機で最寄りの空港に着いた。リムジンに乗り、列車に乗る。帰省するときには、いつも迎えに来て貰う。今回はそんな気分になれない。西へ向かう列車の轍の音が規則的に身体に染み入る。
高校は地元の高校ではなく、列車通学していた。列車の中から見る景色も通学時の見慣れた景色に変わっていく。やがて、海が広がり 沈み始めた太陽が赤みを増している。海を過ぎると、工場が現れ、住宅が並んだ間を列車が進んで行く。
高校を卒業して、家は高校のある地域に引っ越していた。家は駅からそれほど遠くというわけではない。駅から徒歩で家の方向に向かって歩いて行く。歩きはあくまでもゆっくりで、懐かしむような足取りで歩を進める。
もうすでに、辺りは薄暗くなっており、トワイライトだ。団地は一段高いところにある。団地入り口から歩き、角を曲がると、家の灯りが見えた。歩きはあくまでもゆっくりだが、しっかりとした足取りになり、歩を進めていく。一歩ずつ、歩く度に、手のこわばりがほぐれていく感覚がする。
ドアが開く、ごくうが駆け寄り、歓迎の吠声。優しく喜ぶ母の顔が迎える。ごくうの後から父が招き入れる。家の灯りの下で心が解けていくように思える。
父は仕事で疲れた祖父の足を揉んできた。今、丸い電球の明かりの下で息子の手を揉みほぐしている。手を揉むほぐす度に光のシャワーが降り注ぐように思えた。
翌初春、喜びを隠さず、メールを送った。
(805字)