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白き狐は
白き狐は
昔、ある静かな山里に、小寿郎という男が住んでいた。彼は、定期的に山の中を手入れがてらに散策するのが日課だった。
時に、山の入り口で道を行き交う人々を見守っていた。ある日、見慣れぬ顔を見かける。若者のようだが、男か女か判然としない。山の入り口で、気に入った木が見つかったのか、木肌を愛おしむように撫でている。
撫でる手は白く、嫋やかだ。その姿にはどこか神秘的な雰囲気が漂っていた。まるで自然と一体化したかのような佇まいで、白く染まる心を持っているように感じられた。
周囲には安穏とした空気が満ち、小寿郎はその若者に山への様子を教えると、若者は感謝の言葉を口にし、静かに、ゆっくりと山の中に消えて行った。
その後、小寿郎の心には不安が広がる。彼はその若者の目が横長できついことを思い出した。村の長に尋ねると、「あの者は狐の化身やもしれん」と耳打ちされたことで、おののきに変わった。
ある晩、小寿郎の夢の中に、その若者が女性に姿を変えて現れた。彼女は、狐のような美しい髪を持ち、切れ長の目に、光る瞳で彼を見つめる。
「私は稲荷神(いなりしん)、あなたの助けを求めているの」
彼女は、山の奥深くにある巣穴に帰らなければならず、長い間人間の姿になっていたが、役割を果たすために、再びその巣穴に戻らねばならない。巣穴のところに行ってみたものの、土砂崩れか、穴が塞がれて、巣穴に入れないという。
小寿郎は戸惑いながらも、その女性に逆らえない、望みをかなえたい。
「お前さまが山に戻ることで、山は再び平穏を取り戻すのか?」
彼女はうなずき、微笑む。
「私の存在が、あなたたちの生活を守っているのです」
翌朝、小寿郎は村人たちと共に山を登ることに決めた。彼の心には、あの女性の姿が焼き付いていた。彼女のためにできることを考え、深い巣穴の前に立つ。巣穴は土砂や小木だけでなく、腐りかけた木々が折れ曲がり、落ち葉が厚く積もって塞がれていた。
巣穴の上方は歴史的な大雨の名残りか、大荒れに荒れていた。辛うじて巣穴の周りは、木々の幹は朽ち果て、湿った土の匂いが漂い、自然の力が長い年月をかけて、覆い尽くしていったのだろう。
小寿郎たちは、大方、土砂や朽ち果てた木、草を取り除いた。一息ついたとき、女性が再び現れ、木々の傍に佇んでいる。
女性は彼の手を優しく取った。
「ありがとう、小寿郎。あなたの助けがあったからこそ、私は戻ることができる」
彼女は静かに巣穴へと向かっていく。彼女の姿は次第に白んでいき、最後には狐の形に戻り、巣穴の中へ消えていった。
山は静まり、村にも平穏が戻った。小寿郎は、自らの心に生まれた震えが、恐れではなく、畏敬であったことに気づく。彼は山を見上げ、静かに思う。
「あの狐女は、私たちを見守っているのだろう」
彼は、その夏の終わり、秋の始めを忘れず、今も山を訪れると、彼女の存在を感じられる。彼の心も白く染まっている。
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