この街のどこかで:鷺のように
千珠は朝が早い。フレックスで朝の早い時間帯を選択していた。通勤電車が満員になる前に乗車する。いつものように、席に座り、カバンから本を取り出し、読み始める。
季節によって電車に入り込む陽の光が違う。陽の光は回り込む様に入り込むときもあれば、ただ東に走る時には、射しては来ない。
一心不乱にという自覚のない千珠の首がまっすぐ伸びる。重要な点に差し掛かったのか、千珠のうなじが緊張するように伸びている。うなじが鷺のように美しい。陽の光が清々しく、優しく当たっている。
電車が終点に到着した。乗り継ぎだ。千珠は本をカバンにしまい込み、足早に乗り換えホームに向かう。
もう乗客が列をなしている。押されるように電車に乗り込むが、千珠はさらに中まで歩を進める。本を読むことを諦め、スニーカーですくっと立っている。先ほど読んだ本を頭の中で復唱しているようだ。
顎が収まり、首の伸びたうなじが血の気が引き、鷺のように美しく白めく。
丸の内駅に到着すると、きゅっ、きゅっと歩を進めていく。
---
・金七紀男『図説 ポルトガルの歴史』23頁では、Column1「イネスの悲恋」で言及している。その際に、イネスを絶世の美人として、「うなじが鷺のように美しい」と形容している。
・日本の古典文学-源氏物語、枕草子、今昔物語集-において、女性の美しさを称えるために使われた比喩とあるが、いかに。
・BingAIによると、夏目漱石の小説「こころ」でも、「彼女のうなじは鷺のように美しかった」という一節があるというが、事実なりか。