習作:風の回廊
見出し画像:「図書館分室裏、風の回廊」から。
習作:風の回廊・本編
大学を卒業し、地元に戻った青年は、日常の忙しさに追われながらも、心のどこかで過去を振り返ることがあった。かつて、図書館分室裏にある風の回廊で、何気ない会話を交わした少女のことを。あれは、確か大学に入る前、高校三度目の夏だった。少女の父が転勤で引っ越すという知らせを聞いた日のこと。
その日も、風の回廊に出て、少女と会っていた。風の回廊は図書館の裏手にあり、風が通り抜けるその場所では、よく人々が思い思いに過ごしていた。青年はそこで、何気ない会話を少女と交わしていた。どうしても、それ以上の言葉は交わすことができなかったが、彼の心の中でその存在は、少しずつ特別なものになっていた。
少女が転校することになり、会うことは二度とないと思っていた。大学に進学した青年は、毎日のように図書館に通い、そのたびに風の回廊を思い出していた。しかし、どんなにその場所を思い出しても、もう少女の姿はそこにない。毎日が忙しさに埋もれていくうちに、次第に少女との思い出は遠くなていった。
それから数年が経ち、青年は地元での仕事が安定してきた頃、ふと思い立って、休日に再び図書館を訪れることにした。分室裏の風の回廊も変わらぬ姿でそこにあった。青年は、何気なくその風の回廊を歩きながら、昔のことを思い出していた。あの頃はまだ、将来のことなど何も考えずに、ただその瞬間の会話を楽しんでいたことを。
読書に疲れ、風の回廊を渡るその時だった。
「ーーー待って」
声が風に乗って、ふと耳に届いた。振り返ると、そこに立っていたのは、あの頃の少女ではなく、すっかり成長した女性だった。少し驚いたような、でもどこか懐かしい笑顔を浮かべて、彼女は言った。
「久しぶり。覚えている?」
彼の心臓が少し早く打った。彼女が何年も前に消えたはずの少女だと気づくのに、少しの時間が必要だった。しかし、間違いなく彼女だと感じた。その笑顔、目の輝き、何よりもその声が、彼を過去へと引き戻した。
「・・・君・・・」
青年の声は震え、思わず言葉に詰まった。少女、いや、今は大人になった彼女が、ここに立っている。
「私、大学に通っていた頃、時々戻ってきていたの」
彼女は穏やかに微笑んだ。
「ただ、もう一度会えるなんて、・・・」
その言葉に、青年は胸が熱くなるのを感じた。長い時間が経った後で、こんな形で再会できるとは。彼女とまたこうして言葉を交わすことができたことに、心から嬉しさを感じた。
「会えてよかった。」
彼女が一言、静かに言った。
彼は、何か言おうとしたが、言葉が見つからなかった。ただ、静かに頷くしかできなかった。
風が少し強くなり、彼らの周りを包み込んだ。回廊を渡る風の音が、どこか懐かしく、心地よく響いていた。再会した瞬間に、過去の全てが繋がり、未来が広がっていくような、不思議な感覚があった。
青年はただ一言、感謝の気持ちを込めて言った。
「本当に、会えてよかった」
彼らの新しい始まりを意味していたのだろうか。それとも、すでに二人の間には、言葉にできない絆が存在していたのだろうか。答えはわからない。ただ、風の回廊を渡りながら、彼らの心は、ひとしずくの温かさで満たされていた。