見出し画像

ごくうが行く:声をかけられたり、声かけたり

ごくうの散歩時間と重なる高齢の夫人がいる。最初の頃は出会っても、すれ違うだけ。ごくうには目を移していた。そのうち、軽い会釈を返すようになり、時候の短い挨拶を重ねていた。そのうち、時折笑顔も見せるようになり、時候の挨拶以外の短い会話が返ってくるようになっていた。

3日前、高齢夫人が追い越していくとき、ごくうを見やりながら、

「名前、なんていうの」

笑顔がこぼれている。

「ごくうです」

妻が返す。高齢夫人は立ち止まり気味に、

「まぁ、珍しい名前、好きにつけるね~」

ごくうは自分のことかと、高齢夫人に向きを変えた。高齢夫人は笑顔で応える。ごくうはさらに近づき、「くーん、くーん」と鼻泣きを繰り返す。高齢の夫人は「まぁ」と応えながらすり抜けるように先を行く。

ごくうは打っちゃられたと思ったのか、踵を返して散歩に帰る。

今夕は少し早めの散歩になった。コースを一通り回って、コンビニ付近の横断歩道に近づいた。ごくうはまだマーキングしている。斜め後ろから若い女性が「かわいい」といってごくうと同じ目線。もう3度目か。間をおかず、夫らしい若い男性が一緒にごくうを撫でにかかる。

しばらくごくうを撫で、「ありがとうございました」の言葉を残して、男女二人、横断歩道を小走りで走り抜ける。「あれ、夫婦だね」「そうじゃね」ごくうも横断歩道を渡っていく。

家に帰った時、「さぁ、足を洗って、・・・」毎日のルーティンかと思ったが、ごくうは庭を横切っていく。車のライトが通り過ぎた。ごくうは何を思ったのか、車を追うように歩く。初めてのことだ。

車は斜め前の家にバックで駐車した。ライトの光がごくうを照らし出す。ごくうは踏ん張っている。車から若い女性が降りて来た。前に仁王立ちのごくうを見て、可哀そうに思ったのか、にじり寄るごくうを撫でにかかった。ごくうは嬉しそうに、満足そうになされるがまま。

ひとしきり撫で終えた若い女性は「じゃ、またね」と踵を返し、玄関に向かった。ごくうは後ろ髪を引かれているのか、後ろを振り返りながら帰っていく。

「さぁ、今度こそ、毎日のルーティンだ。足を洗って、口を漱いで、身体を拭いて、居間にダッシュ。ガムが飛んでくる」でも、最近はガムにも飽きているようだ。

* 

今日の散歩。散歩をほとんど終わり、周回散歩に入った。高齢夫人が誰かと雑談している。ごくうはせっせと通り過ぎてゆく。コンビニの交差点で、ごくうはマーキング。いつの間に高齢夫人が追いついていた。

腰を屈めてごくうに話しかける。「あんたはいいね」「毛皮を着ちょるから、寒うないじゃろう」      今日は少し暑さを感じるが。

「いいねぇ」

言葉を残して高齢夫人は普通の速度で過ぎ去っていく。後を追いながら、ふとのり面を見ると、青苧(あおそ)が枝を伸ばしている。しかし、1メートルもない。高くなると、幹も太くなり、糸が取れる。