習作:大衆食堂「あけみ」に寄ると**
その昔、自動車専用道もなければ、コンビニもない時代。昭和初期に「食堂」を開いた。年齢は定かではない。提供する食事は決してきれいな飾りつけではない、どちらかと言えば、粗に料理が出されている。味も名のある料理人は決して賞賛しないだろう。
店の名前は「あけみ」。名前の由緒を誰も知らない。
なぜか、客の引くときがない。しかし、席はすべて埋まっているわけではない。食堂に入れば、座れる席はある。注文はレジで番号を言って行う。レジ横に料理の見本が絵付きでリストアップされている。
宮島は遠くの知人から請われて、工事の見分を行った。本職の目から見れば、手直しだ。手直しに時間がかかり、仕事が終わり帰途についたのが、夜半だった。空腹を無理して運転していた。
前方に灯りがほんのり、赤い看板が見えてきた。「あけみ」と書かれている。昔の知人の名前だった。誘われるように、引き戸を引いた。足元の処理は杜撰だが、入るのに邪魔になるようなものではない。部屋は決して明るくはないが、幾分神秘性を醸し出しながら空気が馴染んでいる。
テーブルは寄せ集めなのか、統一感はない。が、どこか昭和を感じさせる。椅子も統一されていず、手前に引くとき軽い。各テーブルの椅子は乱調気味だ。決して新しいものではない。しかし、寛ぎ感を醸し出している。
テレビは備え付けだが、音は馴染んでいる音だ。テレビがあるとも、ないともいえるような和み方である。
客種は独り者、カップル、グループ、ファミリー、雑多だ。互いに関連がないかのように和んでいる。水置き場は小型冷蔵庫の上、その台の上に水置きが2器、具合よく間隔を置いて置かれている。
出てきた料理は「アジのフライ」。色は濃い灰茶色だが、意識するほど毛嫌いするものではない。一口噛んでみた。しっくりこない感触だが、いつの間にか歯が求め、アジフライを噛みにいく。キャベツが添えられていた。何のソースか分からないが、ピンクっぽい色だ。感触も、香りも、味も、特に取り立てた感激を与えるものではない。
時折、客が出ていくと、ほどなく客が入ってくる。背筋を伸ばして行儀のよい宮島も目立ちはしない。すべての客は思い思いに座し、語らい、食事を楽しんでいる。自分以外誰もいないかのようなふるまいだ。
宮島も食材を吟味・黙考するわけでもない。淡々とでもない、料理を馴染むように食している。なんなんだこの料理、この味、頭の片隅にもない。食べ終えた後、宮島の頭に浮かんできた。「同化・・・」
宮島は店を出た。驚くほど抵抗感がない。馴染んでいるともいえない。広い駐車場に車が並んでいる。周りにも店はある。駐車場が広いので、ぽつんと立地している感だ。だが、確かにある。ぼやけた光が建て屋から放たれ、建て屋を包む。
宮島はエンジンをいつものように駆け、ライトを点けた。前灯が行くべき道を照らし、尾灯が食堂の光に混ざり合い、別れに馴染んで行く。国道に出ると、背後に食堂のおぼろな光が遠のき、周りに溶け込んでいく。エンジンが静かに鳴く。車は緩やかなカーブに沿って滑らかに走り、宮島の視界から食堂の光が暗闇に溶け込んでいった。